表舞台に立つ準備を整えたLinuxBIOS
LinuxBIOSのねらいは、チップセット内のプロプライエタリなファームウェアを思想的にフリー(自由)なファームウェアに置き換えることにある。LinuxBIOSは、メインボードの立ち上がりから、ペイロード ― Etherbootなど、カーネルを起動できる実行ファイル ― がマシンのブートを完了できるところまでの動作に必要な最小限のコードで構成されている。その名が示すように、これまでの活動はLinuxカーネルの利用に注力して行われているが、同様のテクノロジはWindowsやブートマネージャのGRUBを用いたマシンの起動にも使用できる。
このLinuxBIOSプロジェクトは、1999年にロスアラモス国立研究所(Los Alamos National Laboratory)のRon Minnich氏によって創設された。もともとは組み込みのシステムやクラスタを対象としていたが、同プロジェクトはすぐに手を広げてサーバやワークステーションにも取り組むようになった。活動の低調な時期があったにもかかわらず、プロジェクトは毎年「10倍ずつ成長」を遂げてきた、とMinnich氏は言う。LinuxBIOSプロジェクトは、2005年にフリーソフトウェア財団(FSF)の優先プロジェクトのリストに加えられ、最近ではOne Laptop Per Child(OLPC)プロジェクトが発展途上国を支援するための安価なコンピュータの開発にLinuxBIOSの採用を決めたことで、さらに勢いを増した。
またプロジェクトの歴史を通して、チップメーカーとOEM業者からの支援も受けてきた。プロジェクト発足時はIntelからの情報も容易に手に入った、とMinnich氏は回想する。だが今ではIntel製チップに関する情報の規制は厳しく、Intelはミックスソースによる同社のExtensible Firmware Interface(EFI)を次世代のチップテクノロジとして普及させたい考えだ。これに対してAdvanced Micro Devices(AMD)は、LinuxBIOSの支援開始は遅かったが、現在では同プロジェクトに大きく貢献している。LinuxBIOSプロジェクトを支持するOEM業者には、Acer、Advancetech、SIS、Mementum Computer、Newisysといった企業が含まれる。またLinuxBIOSプロジェクトは、同じような目標を掲げるOpenBIOSとも緊密な連携をとっている。
OLPCのBIOSリリースマネージャRichard Smith氏は、次のように述べている。「現在、リポジトリのツリーにはそれぞれに完成度の異なる約30のチップセットが存在する。特にAMD製のボードはLinuxBIOSへの対応が進んでいる」
FSFのシステム管理者Ward Vandewege氏は、これまで14カ月をかけてFSFのサーバを段階的にLinuxBIOSにアップグレードしてきた人物だ。このテクノロジはBIOSについてそれなりの知識を持ったハッカーであれば改造が可能だが、それでもフリーソフトウェアコミュニティの大半の人々が手を加えようとするには敷居が高いだろう、と彼は述べている。
2005年の時点で、LinuxBIOSは100万台を超えるコンピュータにインストールされていたが、その大部分はSTPC Consumerによってインドで開発されたインターネット端末だった。OLPCや類似のプロジェクトのおかげで、この数は2008年末までに1億台を超える可能性がある、とMinnich氏は見積もっている。
想定される利点
その思想的および政治的な目標だけでなく、LinuxBIOSはコンピュータのBIOSについても改めて考える機会を与えてくれる。LinuxBIOSプロジェクトの活動メンバーは、プロプライエタリ系BIOSを、30年前の考え方に救いようがないほどに捕らわれたものだと述べている。同等クラスのプロプライエタリ系BIOSと違い、LinuxBIOSはアセンブリ言語ではなくC言語で書かれているため、デバッグやアップデートが迅速かつ容易に行える。これは、6ヶ月ごとに新しいチップセットが登場し、非常にハイエンドなボードの場合を除いてベンダに大きな変更を実施する時間的余裕がない市場では、きわめて重要なことだ。
Smith氏はまた、チップセットメーカーからBIOSのライセンス供与を受けるコストが「マザーボードの価格の大部分を占めるようになり」、プロプライエタリ系BIOSがサイズの点からより多くのフラッシュROMを必要とするのに対し、LinuxBIOSはフリーでコンパクト、したがってより安価な代替品を提供している、とも述べている。コンピュータハードウェアの収益マージンの減少を考えると、コストの面だけでもLinuxBIOSはベンダにとってますます魅力的なものになっていくだろう、というのがSmith氏の期待だ。
同様に、LinuxBIOSはGNU General Public Licenseに従ってライセンスされるため、連邦政府の組織のようにセキュリティにうるさい利用者にとってもプロプライエタリ系BIOSよりも魅力的である。またベンダにとって、ソースコードが利用できることは、BIOSに大きな変更を加えるためにチップセットのメーカーに頼るという依存関係を断ち切るきっかけにもなり得る、とVandewege氏は述べている。
一般のユーザにとってのLinuxBIOSは、ソフトウェアによるハードウェアへのアクセスを制限する、IntelのEFIが持つサンドボックス化の機能などデジタル著作権管理(DRM)テクノロジに対する保証でもある。Vandewege氏によると、こうした機能の導入はプライバシーや消費者の権利に関わる問題を引き起こしているという。それは「誰であれBIOSを制御する者がコンピュータを支配することになり、BIOSを制御すれば、それ以降に載せたものを何でもロックアウトできてしまう」からだ、と彼は説明する。
だが、考えられる最大の利点は、LinuxBIOSがBIOSに関する知識のリポジトリになりつつあることだ。その他のBIOSは独自の仕様を持つため、多くの場合、そうしたBIOSの知識は、チップセットが変わって開発に携わった専門家がその企業からいなくなると失われてしまう、とMinnich氏は述べている。結果として、プロプライエタリ系BIOSのコードではメンテナンスはできても抜本的な修正を行えないことが多い。LinuxBIOSのメンバーは、リバースエンジニアリングに取り組むことで、デバッグによって効率の良くなったBIOS ― わずか3秒でコンソールをブートできるもの ― を構築できるだけでなく、再発見した豊富な知識をメーカーやベンダに提供することもできる。
いくつかの課題
こうしたメリットが想定されるにもかかわらず、依然としてLinuxBIOSは大きな問題に直面している。「マザーボードの主要メーカーのご機嫌をとろうとするような大変な時期もあった」とSmith氏は語る。「我々には自分たちのやり方を通せるだけの人数も影響力もなかった。また、メーカーの大半はドキュメントを公開することを非常に恐れている。特にRAMコントローラに関するものや、ノートPCの特殊ボタンを機能させる方法に関するものはその傾向が強い。さらに、リバースエンジニアリングによる諸事情の解明は慎重を要することがある。法律面で再び頭を悩ませるようなことはしたくないし、いたずらに時間を浪費することになる。まったく困ったものだ」(同氏)。新モデルの発表が年に2、3回行われる分野でこうした抵抗が存在するということは、さまざまな意味でLinuxBIOSが常に遅れをとっていることを示している。
代替となるオペレーティングシステムを開発するという選択にも問題がある。Microsoftから要請があったときには「確実にその求めに応じられるよう、BIOS担当者たちに必死で頑張ってもらうことになるだろう。だが我々はそこまでのサポートするには至っていない」とSmith氏は話している。それに、Windowsでも同じように動作するようにならないとLinuxBIOSが一般的なオプションになることはないだろう、ともSmith氏は考えている。Windows版の開発は理論的には可能だが、これまでのところLinuxBIOSプロジェクトには、その開発に関心を寄せる開発者は現れていない。
確かにベンダからの抵抗もあるが、LinuxBIOSにとって一番の問題は、多くのフリーソフトウェアプロジェクトと同様、リソースが足りないことだ。Smith氏によると、現在LinuxBIOSには中心となる開発者が5、6名いて、それとほぼ同数の人々が常に何らかの作業に携わっているという。それでも心強いことに、コンピュータサイエンスの大学院生5、6人がこの2年間にあるチップセットへのLinuxBIOSの移植を行ったが、こうした動向は今後も続いてほしい、とMinnich氏は話している。また、ドキュメント整備の現状も芳しくなく、Minnich氏はその状況を「ひどい」ものだと説明している。
将来の楽観的展望
こうした課題の克服は容易ではないが、プロジェクトはゆっくりと前進しているとLinuxBIOSのメンバーたちは見ている。「以前のボードの仕様公開に対するメーカー側の態度は軟化しつつあり」、LinuxBIOSの対応機種の拡大と信頼性の向上に役立っている、とSmith氏は言う。またMinnich氏は、進捗の遅さに失望させられることも時々あったと認めながらも、最近の開発状況は彼自身を楽観的な気持ちにさせるに十分な根拠になっていると語る。
Minnich氏にとって、楽観論をとる理由の1つがOLPCの関与である。OLPCは、これまでの事例を圧倒する最大の規模でLinuxBIOSを導入することを約束している。同様に重要なことだが、マザーボードと各種ハードウェアデバイスとの通信にAdvanced Configuration and Power Interface(ACPI)仕様を使わないとのOLPCの決定は、切望されてきた業界の標準的な慣行の改革を意味する。OLPCが活動の展開とテクノロジの両面で成功すれば、その参画組織としてLinuxBIOSプロジェクトは、技術革新に関わる立場と評判を大いに高めることになるだろう。
Minnich氏が楽観的な見方をするもう1つの理由は、GoogleがLinuxBIOS向けの自動化された分散テスト環境の提供を申し出ていることだ。このオンライン環境によって、関係者はリモートから安全にテストを行えるようになり、プロジェクトメンバーは自前でハードウェアを探し出さなくてもよくなる。さらに、新たなコミットによってすべてのボードに新しいBIOSイメージが生じるため、このテスト環境は、特定のボード向けのコードに対するフォークの発生を回避することにも役立つ。つまり、この新テスト環境は、LinuxBIOSプロジェクトの人手やリソースの不足を確実に補ってくれるわけだ。
なかでも非常に重要なことは、プロジェクトメンバーたちが、やがて最初の大手ベンダによってLinuxBIOSが顧客に提供されるのを楽しみにしている点である。「たくさんのマシンにインストールしてもらいたいと我々が本当に思うなら、このBIOSを最初から各マシンに搭載させる必要があるだろう」とVandewege氏は述べている。しかし、今まで多くのベンダはLinuxBIOSをオプションとして提供することに乗り気ではなかった。
だが現在、この状況が変わりつつあることを示す兆候が存在する。LinuxBIOSプロジェクトのメンバーは、進行中のさまざまな交渉に差し障りが出ることを恐れ、報道陣に対して多くを語ろうとはしないのだが、コアシステムのGmbHに携わるStefan Reinauer氏は、LinuxBIOSのユーザが保証によって守られること、LinuxBIOSのボードにはオンボードのグラフィックチップを含めることが可能なことを明言するなど、そうした問題について進展があることをほのめかしている。また、AMDがハイエンドクラスの次世代ボードでLinuxBIOSを選択肢の1つとしてベンダに提供すると見られているほか、Minnich氏は、FSFの支援により、少なくとも1つのベンダが来年中に非サーバーマシン、場合によってはノートPCでLinuxBIOSをサポートするのではないか、と前向きに語っている。
こうした期待がすべて現実のものになるとは限らないが、Vandewege氏は「今は非常に力強い勢いがある」と見ている。プロジェクトメンバーは、LinuxBIOSがもはや特別なスキルを持ったハッカー向けの単なる選択肢の1つではなく、容易に利用できるものになるときが来るのを初めてその目で確かめることができる。Smith氏が言うように、LinuxBIOSは「もう1つのプラットフォームになり、ただ求めれば利用できるようになる」
だが、LinuxBIOSプロジェクトに楽観的な雰囲気が漂うなか、一部の参加者はLinuxBIOSが容易に利用できるようになることを最初のステップとしてしか見ていない。Vandewege氏は次のように語る。「フリーなBIOSの実現は、すべてにおいてフリーなコンピュータの実現に向けての大きな一歩だが、それが目的ではない。というのも、現在のコンピュータをもっとよく調べれば、多くの部分に組み込みのファームウェアが存在することに気付くからだ。たとえば、ネットワークカードは組み込みファームウェアを搭載していることが多く、SCSIコントローラもまた然り、最近はハードディスクドライブでさえそうなっている」
ただし、そうしたファームウェアの問題は将来の検討事項である。Vandewege氏の知る限り、BIOS以外の領域でこうしたプロプライエタリなファームウェアに代わるものを開発している者はいない。今のところ、LinuxBIOSはフリーソフトウェアの領域を代表する存在としてだけでなく、核心的なBIOSとしても世に出る準備が整っているように見える。LinuxBIOSプロジェクトを取り巻く興奮の熱気は、まるで目に見えるほどだ。
Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリストでもある。