iPods解放インストール大会

先月MIT Media Lab Computing Counter Culture GroupおよびHarvard Free Culture Groupが共同でiPod Liberation event(iPod解放イベント)という催しを開催し、Appleから販売されているiPodをRockBoxおよびiPodLinuxというソフトウェアで動かすための“インストール大会”を実行した。そもそもこのイベントが開催された動機は、AppleがファームウェアとしてiPodにインストールしているオペレーティングシステムの有り様は、フリー/オープンソースソフトウェアおよびフリーカルチャの理念と対立するものであり、ユーザの自主性や権利を侵害している、との声に応えたものである。iRonyとの愛称が冠された本イベントでは、操作性と機能性に優れ、何よりもDRM(デジタル著作権管理)の思惑に縛られないフリー/オープンソース系ファームウェアの存在が参加者に説明され、各自が所有するデジタルオーディオプレーヤにインストールする手順が説明された。

iPodの販売台数が7000万台近く、iTunesを介した音楽販売数は10億曲以上に達していると言われていることから分かるように、DRMのテクノロジを最大限に利用しているのがAppleであって、同社こそがDRMの呪縛が施された音楽を販売している業界最大手の企業なのである。そのような立場にあるAppleが、かつてDefective By Design(発想からして欠陥)によるアンチDRMキャンペーンの手始めにターゲットの1つとして狙われたのは、必然的出来事と言えるだろう。これまでにAppleに対して批判が投げかけられてきたのは、iPodに関する同社の商品、テクノロジ、サービス展開のあり方だ。Appleは、ドラッグアンドドロップをするだけで音楽データをハードドライブにコピーできる単純なインタフェースを謳い文句にしているが、iPodユーザはそうした操作をiTunesを介して実行する必要があり、この環境下ではiPodのハードドライブ上における保存先やファイル名を確認する手段は用意されていない。同様に、いったんiPodに落とした音楽ファイルを別のコンピュータや他のiPodに移動させるという操作も簡単にはできないのである。デフォルトでは、自宅にある特定のホームコンピュータでのみ音楽ファイルを取り出せることになっている。そして何よりもAppleは、iPod上におけるサードパーティ製のソフトウェアや音楽フォーマットの使用を意図的に妨害しているのだ。

一部のデジタルフリーダム擁護派の目から見ると、DRMの恩恵を受けているという点でiPodは突出した製品であり、音楽愛好家たちが所有する楽曲を自由に使う権利を大きく妨げているのである。確かにAppleは自社の独自フォーマットのみを採用しており、その点についてはフランス議会なども問題視しており、世界中の国々から批判的意見が投げかけられてきた。またAppleは、OGG VorbisやFLACなどの特許/著作権フリーのファイルフォーマットのサポートを拒否し続けており、多数存在するFLACおよびVorbisの利用者を排除する方向で活動している。多くのユーザはiPodという存在に、単なる音楽/ビデオ再生装置という枠組み以上の可能性を見いだしているが、Appleはそうした可能性を受け付けないばかりか、ユーザが独自のソフトウェアを構築してiPodにインストールすることもタブー視しているのだ。

このようにiPodはフリー/オープンソースソフトウェアやフリーカルチャの擁護派から様々な批判を受けているが、もはや攻撃対象として一種の象徴と化しているとも言えるだろう。「iPodの所有権は個々のオーナーに属するかもしれないが、その使用法に関してはAppleや音楽業界の命令を聞かなければならない」という具合だ。iPodオーナーは所有権を有していても、そのすべてを自由にすることができないのである。

iPodの解放

現状においてApple反対派が展開している最大の活動は、iPod本体やiTunes経由の音楽購入などを控えようという、Apple製品の不買運動である。確かにこうした不買運動は、上手く行けば戦術的に優れた効果を発揮するものの、既にiPodを購入している何千万ものユーザにとっては蚊帳の外の話に過ぎない。その他の代替手段として考えられるのがフリー/オープンソース系ファームウェアの利用であり、これは前述したすべての問題に対処でき、iPodの運用に関する決定権をユーザの手に取り戻し、多数存在する既存のiPodユーザも参加できるというメリットを有しているのだ。実際、そうした形態で利用できるファームウェアは、既にiPodLinuxおよびRockBoxというプロジェクトから提供されている。

iPodLinuxとは、Appleの排他的なファームウェアを回避するために作られたもので、その実体は組み込みシステム用のLinuxとして開発されたucLinuxをiPod用に移植したものだ。またiPodLinuxで動くPodzillaという小型のソフトウェアが開発されており、これはApple純正ファームウェアのインタフェースと機能を再現すると同時に、ユーザによるカスタマイズができるようになっている。更にApple純正のiPodソフトウェアとは異なり、iPodLinux上では様々なゲーム(チェス、ソリティア、Doomなど)やアプリケーション(計算機や作曲ソフトウェアなど)を動かすこともできる。こうしたiPodLinuxプロジェクトの活動開始は2年以上前に遡ることができ、今ではほぼ全世代のiPodをカバーしている。

最近は新世代のiPodが多数リリースされているが、これらに対応したファームウェアとして、Archos Jukeboxプレーヤ用に開発されたRockBoxの移植も行われている。RockBoxの特長は、カスタムソフトウェアを動かすことが可能であると同時に、(iTunesタイプの)中間ソフトウェアを介さなくても、iPodとの間でファイルの出し入れができる点だ。またファイルのエンコード形式についても、デフォルトでMP3、FLAC、OGG Vorbisに対応している。そして説明するまでもないかもしれないが、RockBoxは(iPodLinuxと同様)DRM系フォーマットのサポートはしていない(NewsForgeでは今年の春にRockBoxのiPodへのインストール手順を紹介した記事を掲載している)。

RockBoxもiPodLinuxも、iPodの純正ソフトウェアを模したインタフェース構成になっているので大部分のユーザにとっては非常に使いやすいはずだが、よほどディープな知識を持つユーザでない限りそのインストール作業は一筋縄では行かないはずだ。確かに、作業の大半を自動処理するためのインストーラが新規に作成されてはいるが、iPod上でブートローダを上書きするという作業は初心者が簡単にこなせるものではなく、多くの潜在ユーザがこれらのカスタムファームウェアに手を出す際の最難関の障壁となって立ちふさがっている。

その様な状況の中、ボストン地域で活動するいくつかのフリーソフトウェアやフリーカルチャの擁護団体が、GNU/Linuxコミュニティではお馴染みの“インストール大会”というアイデアを借用して、iPod用の代替ファームウェアをユーザたちに紹介する場を設けたのが、今回のイベントである。こうしたインストール大会という催しが一般化したのは90年代の話であるが、当時はGNU/Linuxディストリビューションの操作性が大幅に向上した反面、これらをインストールするにはカーネルその他を独自にコンパイルする作業が必要となる場合もあり、依然としてインストール手順については初心者が気軽に手を出せるレベルまでには簡単化されていなかったという事情が存在する。確かに当時でも詳細なドキュメント類がオンライン上で公開されていたが、肝心のインストール手順が困難であったため、GNU/Linuxディストリビューションに興味のあるユーザがいても、その大部分は二の足を踏んでいたのである。そこで考案されたのがインストール大会であり、Linuxユーザグループにとってこうした活動は、初めてのインストールという新規ユーザが困難を覚える作業を手助けすると同時に、そうした人々に地元のLinuxコミュニティの存在を知ってもらえる場ともなるという、一挙両得的な要素も備えていた。

組み込みシステムないしデジタルオーディオプレーヤ用のフリー/オープンソースソフトウェアだが、その開発状況については、10年前の段階におけるデスクトップワークステーション用のフリー/オープンソースソフトウェアの到達レベルにあると思えば間違いないだろう。つまりRockBoxにしろiPod Linuxにしろ、バグフリーはおろか基本機能が完成したとは言い難い状況であるが、それなりに安定したレベルには達しているのである。一般的なiPodユーザの立場に立つと、これらのインストールに関する最大の障壁は適切なツールやインストーラなどの不在(RockBoxの場合)であり、また下手をすると最悪デジタルオーディオプレーヤが使用不能になるかもしれない(業界用語で言うところの“ブリッキング”)という不安がつきまとうことだろう。その点、こうした代替ファームウェアのインストールに必要なスキルを有した多くのユーザが主催するインストール大会に参加すれば、新たなファームウェアが搭載されたプレーヤをその場で使い始めることができるだけでなく、コミュニティの輪を広げることもできるのだ。

iRonyイベント

iRonyと冠された今回のインストール大会は“iPod Liberation event”という触れ込みで宣伝されていたこともあり、開催数週間前から地元のマスコミの注目を集めていた。その主催者の中には、MIT、Harvard、Northeastern、Emersonなどの大学でフリーカルチャに関心を寄せているグループを始め様々な人々が名を連ねている

このイベントはオープンな催しであり、主としてオンライン上で開催が告知されていたが、爆発的に普及したApple製プレーヤのあら探しネタを求めていた地元のマスコミの目にもとまることになった。その結果、マサチューセッツ州ケンブリッジのMIT Media Labで開催された同イベントには、iPodの解放を希望する50人以上のユーザとともに数十個のiPodが参加することとなったのである。

イベントの当日は、オペレーティングシステムとしてUbuntu GNU/Linux、Mac OS X、Windows XPを搭載されたラップトップ群が、イベント会場の中央に並んで参加者を待ちかまえていた。iPodを持参した参加者からプレーヤを手渡されたスタッフが、iPodの世代とパーティションフォーマットを確かめ、所有者にそれぞれの要望を確認する。インストールするべきファームウェア(RockBox、iPodLinux、ないしはその両方)が定まれば、後は実際のインストール手順を進めるだけだ。その間、作業台の周囲に集まった人々は、どのようなプロセスでインストールが行われるかを興味深く見守っていた。RockBoxのインストールに関しては、大部分のiPodで成功したと報告されている。

今回の催しで主催者側は、iPodへのインストールサービスだけではなく、そのユーザたちに生まれ変わったオーディオプレーヤをより本格的なステレオシステムで再生することも勧めていた。大部分の参加者は、希望通りにiPodを解放することができ、非常に満足行く時間を過ごせたようである。どれだけの数のiPodが解放されたかの正確な数字は不明だが、少なくとも40は超えるだろう。

啓蒙活動

iPod Liberation eventの究極的な目的は啓蒙活動であり、フリーなソフトウェアという理念、DRMに関する知識、RockBoxやiPodLinuxの存在を人々に知らせることにあった。そのような活動で中心に位置するのは、テクノロジではなくコミュニケーションでなければならない。これは想像以上に時間がかかる作業なのだが、関連する様々な情報については、iPodの所有者にもある程度は納得させておく必要があるのだ。より具体的に説明すると、iPodへのインストールを希望するユーザに対しては、事前に下記の点を理解させておく必要がある。

  • プロセス:実際のインストールに取りかかる前に、これから何がインストールされ、何を行うかの概要をiPodの所有者に理解させておく
  • ポイント:RockBoxとは何のソフトで、それを使うことで何ができるようになるかを理解させておく。理解していない機能が付け加えられても、死蔵されて終わるだけかもしれない。またDRMとは何かを理解させるのも必要だ。iRonyの会場では、インストール大会用にわざわざiPodを新調したユーザもいたが、ここで入手できるソフトには継続的なサポートが保証されていないことを納得させるのも必要な作業である
  • リスク:代替ファームウェアのインストールに伴うリスクを承知させ、必要なバックアップをとらせておく
  • デメリット:RockBoxを使用するとバッテリの持続時間が減り、クラッシュの頻度が高まる危険性がある他、iTunesのDRMミュージックは確実に使えなくなることを注意しておく

インストールの完了後に主催者側がユーザに理解させておくべきことは、新たに手に入れたファームウェアのメンテナンスやサポートに関する様々な制約の存在だ。そうした情報を多くのユーザに繰り返し説明するのは大変な手間であるし、教えられる側も一度に聞かされても覚えきれないだろうから、書面にまとめてイベント会場から持ち帰れるようにしておくべきかもしれない。特に主催者側は、下記の情報をユーザに教えておく必要がある。

  • Appleの純正ファームウェアへの復帰手順(通常はiPodのリブート時にメニューを押し下げる)
  • iPodがフリーズした場合のリブート手順
  • RockBoxのアップグレード手順。インストールをするのはデイリービルドのはずだが、ユーザの自然な心理として常に最新版を使いたいものである
  • 不明な点が生じた場合における情報の入手先。参考になるのはRockBoxやiPodLinux関連のwikiだが、重大な問題が発生した場合に備えて、インストールを受け持ったユーザグループへの連絡方法も必要だろう

その他のリソース

自分も手元のiPodを解放したい、ないしはiRonyと同様のイベントを開催したい、あるいは単に関連した知識をもっと学びたいという場合は、手始めに下記のリソースにあたってみればよい。

インストール用ツールについては、下記の情報が参考になる。

  • iRony RockBoxインストーラ
  • Windows版RockBoxインストーラ(使用したことはないが役立ちそうである)
  • iPodLinuxインストール情報
  • iPodのモデル番号を一覧したWikipedia
NewsForge.com 原文