LinuxWorld Toronto:Wine、デスクトップ、標準規格の話題

トロント発 ― LinuxWorld Conference & Expo Torontoの最終日は忙しい1日になった。Novell CanadaのCTO、Ross Chevalier氏は、なぜ今年が ― これまでの年とは違って ― Linuxデスクトップ導入の年であるかについて基調講演を行った。また、Free Standards Groupの取締役Jim Zemlin氏はLinux Standard Baseの重要性を語り、開発者Ulrich Czekalla氏はWineプロジェクトの現状について見事な発表を行った。

Czekalla氏の発表は、Wineプロジェクト(Wineはエミュレータではない)によるLinux向けWin32API実装の状況を明らかにするもので、Wineの下で実行されたMicrosoft PowerPointを使って行われた。Czekalla氏がWineに取り組み始めたのは1999年。当時の勤め先CorelがWordPerfectとCorelDrawをLinuxでサポートするためにWineを必要としていた頃だ。現在、Czekalla氏は、独立して仕事を請けているが、Wine関連ではCodeWeaversとの仕事に多くの時間をかけているという。

Czekalla氏は、Wineプロジェクトの重要性を説き、Open Soruce Development Labs(OSDL)による調査結果を引用した。Linuxへの移行を考える企業の最大の懸念が、新しい環境でもアプリケーションがこれまでどおり実行できるかどうかという点にあることを示す結果だ。ここでのアプリケーションとは、Microsoft Officeをはじめ、オープンソースの代替ソフトウェアが存在するものではなく、Visual Basicのプログラムのように社内で開発されたものやニッチ市場向けのものなど、その企業にとって重大な役割を担うアプリケーションのことだ、と彼は説明する。

もともとWineプロジェクトは、Linux環境でゲームを動かすために1993年に始まった。エミュレータではなく、フリーのWin32 API実装で、Windows実行ファイルをLinux環境で実行できるようにするものだ。Wineは、GNU Lesser General Public License(LGPL)の下でリリースされている。また、Wineの開発に携わる開発者は665人にのぼり、うち常時30〜40人が活動しているという。

Linuxシステム上のどのレベルでWineが動作するかを示す図を使って、オペレーティングシステムと実行中のプログラムとの間にあるレイヤがどのように構成されているかが説明された。Wineは、カーネル空間ではなくユーザ空間で実行される。そのため、Wineからハードウェアやドライバにアクセスすることはできない。Linuxマシンから見れば、Wineは単なるアプリケーションに過ぎない。Windows実行ファイルの読み込みに必要なライブラリとカーネルとの間でWineは動作し、そのおかげでWindowsプログラムは、必要なWindowsライブラリをLinuxシステム内から見つけ出すことができる。

質問を受けるUlrich Czekalla氏

理論的には、Wineで実行されるアプリケーションはWindows環境と同じ速さで実行できるはずだ、とCzekalla氏は言う。エミュレーションが行われていなければ、動作を遅らせる要因はどこにもない。しかし、Wineは依然として安定版のリリースとはみなされておらず、最適化もまだ行われていない。その結果、パフォーマンスが低くなっているのだ。Wine開発者の取り組みは、当面、最適化ではなく動作させることに注力して行われる。高速化に取りかかるのはその後でなければならない、と彼は話している。

Wineの開発が進むにつれ、多くの労力が、ある特定のアプリケーションを動作させることに集中して注がれるようになっている。Czekalla氏によると、あるアプリケーションで使えるようになった機能はほかのアプリケーションでも必要とされるため、対象アプリケーションの問題を修正すると、ほかの多くのアプリケーションもWineで動作するようになるそうだ。WineでMicrosoft Office 2003を動作させると、副作用によってほかのプログラムにまで「付帯的損害」が及ぶ、という例が紹介された。

ほとんどのLinuxディストリビューションには、Wineが含まれている。しかし、さまざまなプログラムでWineを使うには手作業による調整がまだ必要になることが多く、開発着手から13年たった今でもバージョンは0.9だ、とCzekalla氏は語る。Wineのリリース版には常にバグが潜んでいるため、突然のクラッシュに備えておく必要がある、と彼は注意を促す。Wineのサポートには、WindowsとLinuxの両方に精通した人物が必要だという。

Wineのデバッグを行うには、Wineが落ちた原因を突き止める過程で、ギガバイトほどの大きさになることもある巨大なリレーログを参照してWineの動作の進行によってアプリケーション内部で何が起こったかを確認する必要がある、と彼は話している。小さなバグの修正であれば1つにつき約1,000ドル、もっと難しいバグの修正になると4,000〜20,000ドルものコストがかかるという。Wineの実装はすばらしいものに見えるかもしれないが、数々の問題を内包しており、費用のかかるものになっている。

Wineはどこへ向かっているのだろうか。Czekalla氏によると、厄介な問題がいくつか残っているらしい。その1つがComponent Object Model(COM)の実装だ。何年も取り組んでいるがまだ終わらず、Microsoft Exchange Serverと通信できるようになるには少なくともあと6カ月はかかるという。

現在、約7割のプログラムがMicrosoft Installerライブラリ(msi.dll)のWine実装を使ってインストールできる状態にある。1年後にはその比率は約9割になるとCzekalla氏は見込んでいる。しかし、インストールできたプログラムの大部分はインストール後の動作も問題ないはずだが、その保証はない、とも彼は述べている。Wineについてまわる問題として、デバイス独立ビットマップ(DIB)エンジンに関連したものもある。今のところ、Wineは24bit color depthのグラフィックにしか対応していないが、まだ多くのWindowsプログラムは16ビットのものだけを使っている。これはX環境に関わる問題だ、と彼は述べている。

Wineは、ユーザ空間のプログラムであり、ハードウェアが見えないため、Wineの下で実行されるプログラムからはUSBデバイス(USBキーなど)が直接見えない。この影響として、Digital Rights Management(DRM)を必要とするプログラムはWineでは動作しないし、LinuxがDRMをネイティブサポートしない限りこの問題は解決されない、と彼は説明する。また、DRMを利用している企業は協力に前向きではないという。DRMを実装していてWineでは動作しないプログラムの例として、彼はPhotoshopの最新バージョンを挙げている。

質疑応答に入る前に、Czekalla氏は、Microsoft自身のライブラリ(DLL)が利用できれば、大幅な省力化になるが問題はライセンスの扱いにある、と語った。聴衆の1人が、ほとんどの人は購入したハードウェアに含まれるWindows製品から未使用のWindowsライセンスを既に取得している、と指摘していたが、どんなライブラリを借用しても適切なWindowsライセンスが必要になる。Internet ExplorerはWineで最もよく利用されるWindowsアプリケーションだが、それはIEでしか行えない処理に関する特殊な機能を多くの人々が必要としているからだ、とCzekalla氏は話している。

最初の質問は、Wineが悩みの種になっているように聞こえるがそれでも使うのはなぜか、というものだった。確かに悩みの種だが、そのおかげで多数のアプリケーションが動作する、とCzekalla氏は答えた。環境を移行する場合、基本的にWineかVMwareしか選択肢はない。WineはエミュレーションなみのパフォーマンスだがWindowsライセンスが不要、一方のVMwareではWindowsライセンスが必要になる、と彼は説明した。

別の出席者は、誰がWineを使っているのか、と質問した。Czekalla氏は、Intel、Dreamworks、Disneyの名を挙げ、基本的にWindowsからLinuxに移行する企業ならどこでも使っている、と答えた。Wineは不安定だが、独自の実装を動作させる場合はとても安定することがある、と彼は述べている。

続いての質問は、NovellはWineに関わっているのか、というもの。Czekalla氏は、Wineに貢献しているNovellの人物を何人か知っているが、組織としては関わっていない、と答えた。

WineとTransGamingとの関係を尋ねた人もいた。あまり関係はない、とCzekalla氏は答えている。数年前、TransGamingは、完全にライセンス ― 当時は派生コードの再頒布を要求しないX11のライセンスだった ― の範囲内でWineのコードに変更を加えて販売した。これに対してWineは、ライセンスをLGPLに切り換えた。それ以来Wineプロジェクトの名前が出てこないので、TransGamingはきっとLGPLが気に入らなかったのだろう、というのは彼の憶測だ。TransGamingとWineの取り組みには重複する部分が多いので、ゆくゆくは両者が協力できることを望んでいる、とCzekalla氏は語った。

企業向けデスクトップLinux

Novell CanadaのCTO、Ross Chevalier氏による、LinuxWorld Conference & Expo Toronto 3日目の基調講演は「2006 – The Year of Linux on the Corporate Desktop(2006年:企業向けデスクトップLinuxの年)」と題して行われた。はじめに彼は、このタイトルが使い古されたものであることを認め、なぜ2006年なのかを問いかけた。特に否定する理由もなさそうだ。毎年のように取り上げられる話題だが、彼自身は、ついにLinuxが企業のデスクトップを狙えるところまで来た、と信じているようだ。

Chevalier氏が取り上げたのは、Linuxデスクトップ環境のユーザビリティに重点的に取り組むBetter DesktopというNovellのプロジェクトだ。このプロジェクトの背景には、ユーザが何を求めているのかを理解するために、テスト環境においてではなく、実際に仕事でLinuxデスクトップを使っている人々とやりとりしながら開発を行うという考え方がある。このプロジェクトは、企業が大がかりな再教育のコストを一切かけずにLinuxデスクトップ環境に移行するのを支援することを目的としている。人々は何事もうまくいくことに慣れているので、Linuxデスクトップへの移行でもそれを望んでいる。よって、このプロジェクトは、その実現に向けて取り組みを進めているというわけだ。

質問に答えた出席者にSUSEカメレオンを投げて渡すRoss Chevalier氏

目を楽しませるものが重要だ、とChevalier氏は言う。それが人々の注意を惹き、学習を助ける。後で彼はこのテーマに戻って、X環境の複数のデスクトップで三次元表示される立方体など、視覚に訴えかけるようなデスクトップLinuxのデモンストレーションを行った。立方体が画面上を高速で回転し、ウィンドウを複数のデスクトップの間でドラッグさせるというものだった。

Linuxが広く採用されるためには、まだにリリースされていないMicrosoft Vistaや、Mac OS X 10.5といったオペレーティングシステムよりもLinuxのデスクトップが品質とハードウェアサポートの点で優れていなければならない、と彼は語る。そのためには、USBおよびFireWireデバイスやプリンタなどは、WindowsやMac OSのユーザが期待するように、つなげるだけで動作しなければならない。でないとLinuxデスクトップの導入は遅々として進まないだろう。

また、Chevalier氏は、デスクトップコンピュータ内の検索は簡単でなければならない、と話している。大容量のハードディスクと大量のファイルを抱えている人々は、目当てのものが簡単に見つかることを求めている。Alexaによる評価で高得点を得たWebサイトの1位と2位は、それぞれYahooとGoogleだった、と彼は指摘する。検索も重要なのだ。さらに、パスワードで保護されたOfficeファイルは、OpenOffice.orgでも、Microsoft Officeと同じくらい容易に扱える必要がある、とも彼は述べた。さもなければ、やはり導入はないそうだ。

Linuxが導入されるための要件をひととおり挙げた彼は、そうした要件を満たす機能がすべて実在することを示すために、SUSE Linuxを搭載したノートPCでデモンストレーションを行った。WindowsユーザがLinuxに移行しても快適に感じられるところまで、我々は到達している、というのが彼の結論だった。

Linux Standard Baseの活用

Free Standards GroupのJim Zemlin氏のセッションには、「Open Source and Freedom: Why Open Standards are Crucial to Protecting your Linux Investment(オープンソースと自由:Linuxへの投資を保護するためにオープンスタンダードが重要な理由)」というタイトルが掲げられていた。Free Standards Groupは、カリフォルニアを本拠地とする非営利団体で、「基本的にMicrosoft以外のすべての組織」が含まれるというほど大所帯だ、とZemlin氏は説明する。会員は地球上に広く存在し、たくさんの国々から多くの組織が参加しているという。

Free Standards Groupは、主としてLinux Standard Base(LSB)への取り組みを行っている。LSBはISOの標準規格だ。Zemlin氏によると、LSBの目的はLinuxの分裂を防ぐことにあるそうだ。オープンソースについてのよくある誤解は、オープンソースを利用すればベンダに束縛されずに済むというものだ、と彼は語り、 これは真実ではないと警告している。オープンソースは開発方法論の1つであり、自由な選択が保証されるわけではないという。

多くの企業は、ベンダに束縛されることに対して不平を言いながらも、責任を負うべきベンダは1社だけでいいと主張している、とZemlin氏は皮肉交じりに指摘する。結局、1社にすべてを押しつけようとすることで、そうしたベンダに束縛されているのだ。オープンスタンダードがあれば(それに照らして相手の過失に言及できるので)、ベンダを自由に選択できるのだ。

Linux Standard Baseの重要性を語るJim Zemlin氏

Linux Standard Baseは、とりわけインストール環境、ライブラリ、設定、ファイル配置、システムコマンドに対する標準規格を提供している。こうした標準規格により、何かにつけ参照すべき場所がわかり、すべてのLinuxシステムは基本構造が同じだと想定できるため、独立系ソフトウェアベンダ(ISV)はより簡単にLinuxソフトウェアを開発できる、とZemlin氏は述べる。Linux Standard Baseが利用できる開発では、ISVは、1つのディストリビューションに対して製品のテストを行うだけでよく、テストケースをいくつも設定する必要がないため、開発における品質保証の時間と手間を節約できるという。

FSGがオープンソースベンダによって統制されているということは、標準ベースのリリース周期が、ほとんどのディストリビューションの更新サイクルと同じく、約18カ月になることを意味している。この結果、ISO標準規格もまた定期的に更新しなければならなくなる。こうした標準規格は、統一が試みられながらも絶えず流動的なオープンソースのコミュニティと共に移り行く必要がある。主な商用LinuxディストリビューションはすべてLSBに準拠している、とZemlin氏は話している。

3日間を振り返って

今年のLinuxWorld Conference & Expo Torontoは、去年に比べて発表者のレベルが格段に上がり、単に宣伝をするだけの者に比して有用な話題を提供する発表者が大幅に増えていた。カンファレンスの主催者によると、事前登録者の数は前年より多かったが、最終的な出席者数はまだ集計できていないという。

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