Desktop Linux Summitフィナーレを迎える

サンディエゴ――第4回年回にあたるDesktop Linux Summit 2006が昨日終幕を迎えたが、これは3セッションの並行連続開催を終日敢行した第2日目でもあった。私は出席したすべての講演を楽しみながら拝聴させてもらったが、例外は最後に行われたRob Enderle氏によるもので、ここではまず最初にMicrosoft史観に基づく歴史認識が暗唱され、席を立ち続ける聴衆に向けて同氏が説明したのは、何故にOEM製品にはLinuxがプレインストールされないのかというものだった。

少し先走りすぎたので、話を元に戻そう。Red Hatで企業開発副社長を務めるMichael Evans氏がスタートを切ったのは9:00のことだった。「Changing the World with Alternative Desktop Approaches」(新たなデスクトップアプローチによる世界の変革)と題された同氏のプレゼンテーションは、最初に「First they ignore you. Then they laugh at you. Then they fight you. Then you win.」(彼らは最初は無視し、次は笑い飛ばし、そして戦いを挑んでくるだろう。だが最後に勝つのはわれわれだ)というMohandas GandhiのセリフをモチーフにしたRed Hat製の有名な『Truth Happens』ビデオを上映することで始められた。ちなみにこのビデオは、「You are here」(あなたはここにいる)というメッセージと太鼓のビートで締めくくられる。私がこのビデオを最初に見たのは、昨年ニューオリンズで開催されたRed Hat Summitの席上であったが、その時はビデオが終わるとともに観客席から大喝采が上ったものだった。本日の観客は沈黙を保っていた。これは過去にこのビデオを見たことのある聴衆ばかりだったのか、それとも観客の気質が違っていたのか、私には分からない。

次にEvans氏は、今回のメイントピックであるOne Laptop Per Child(OLPC)プロジェクトに話を進め、LinuxとオープンソースがいかにIT業界に浸透しているかを説明した。これに該当するのは、組み込みデバイス、デスクトップ、サーバ、アプライアンス、ハイパフォーマンスクラスタ、通信市場などの分野であるが、Evans氏の示した数字によると現在のLinuxは、何らかの形で採用はされているというレベルではなく、デスクトップを除いたすべての分野において重要な位置を占めているとのことだ。ハイパフォーマンスクラスタに至っては、市場の90〜95%をLinuxが占めているという。その他の分野においてもLinuxの占有率は、アプライアンス分野の90%、Webサーバの30から40%、Apache搭載マシンの60%、組み込みデバイスの30から40%、エンタープライズサーバの10%に及んでいる。

こうしたデスクトップ以外の分野における浸透ぶりに加え、最近ではLinuxを学習して高校や大学を卒業する生徒の数が年々増加しているという。これらのLinuxでの経験を積んだ学生達が実務の現場に参加することは、オープンソースの普及をより促進することになるだろう。つまりLinuxの将来は、ある1つの分野を除き、明るく輝いていると言える。

Evans氏が次に語ったのは、子供達の教育用に価格100ドルのラップトップコンピュータを全世界の政府に配ろうというNicholas Negroponte氏の構想に基づいた、OLPCプロジェクトについてである。ちなみにこのラップトップだが、オリジナルのデザインでは必要な電力を手回し発電で賄うものとして、発電用のクランクハンドルが装備されていた。現行のデザインでは、こうしたクランクハンドルは取り除かれている。

これだけの低価格で実用に耐えるラップトップを製造するというのは技術的にも大きな挑戦だが、その他にも社会的かつ政治的な障壁も立ちふさがっているというのがEvans氏の説明であり、その中の最大の理由としては、一部の企業がこのプロジェクトを脅威と感じて阻止活動を行っていることが挙げられていた。講演終了後の質疑応答セッションでは、Microsoftもそうした阻止派の一員であるかという質問が、Evans氏に対して寄せられた。これに対する同氏の回答は、同プロジェクトにMicrosoftが脅威を感じていることは明らかで、消費者の不安を煽るFUD活動を展開しているものの、阻止派の一員と見なしてはいないというものであった。

DarwinとLinux

次に拝聴したのは、2日間の本イベントにおいて人気最大のセッションでもあるGeoffrey Moore氏による基調講演、「Dealing with Darwin/Evolving Linux」(ダーウィン的視点/Linuxの進化論)であった。客席の最前列には、NovellのNat Friedman氏も早くから陣取っていた。この講演は、立ち見席以外満員という人気ぶりであった。

本題に入ろう。この講演でMoore氏が常にも増して気取った口調でビジネスモデルを持ち出しながら展開したのは、デスクトップビジネスでLinuxがMicrosoftの向こうを張る必要などはない、という同氏の持論であった。同氏がこうした結論に到達したのは、様々な市場におけるMicrosoftやMcDonaldなどの主要ベンダの特性を観察した結果であり、Linuxの特質に対する検討を踏まえたものであるという。そして同氏は、勝ち残る可能性は低いと見なしたのである。たしかに私個人の意見としても、LinuxがMicrosoftやMcDonald的な地位を占めることは金輪際あり得ないだろう。そもそも、それが必要なことだとは思っていないが。

Moore氏の意見では、Linuxが戦うべきはMicrosoft不在の分野だということになる。サーバ市場の“トルネード”ではあるが、デスクトップ市場では控えの選手以上にはなれない、というのが同氏の見方なのだ。同氏が唱えているのは、Linuxはデスクトップ市場などは打ち捨てておき次世代のコンピューティング分野でMicrosoftを打倒すればいいということであり、それは“パーソナルコンピューティング”の次に来るもので、同氏が呼ぶところの“ソーシャルコンピューティング”の時代ということになる。

多くの聴衆にとって、これは聴き心地のいいメッセージではなかったようではあるが、ユーモアとウィットに富んだ同氏の魅力的なスピーチそのものは楽しんでいたようである。たとえばスピーチ終了後の質疑応答で拍手喝采を呼んだのは、参加者の1人が特許問題についてどう考えるかを同氏に質問した時だった。これに対する同氏の回答は、「特許問題は病気みたいなものですね」というシンプル極まりないものである。

プレゼンテーションを終えたMoore氏は、即座に同氏の著作『Dealing with Darwin: How Great Companies Innovate at Every Phase of Their Evolution』(ダーウィン的視点:一流企業はその進化過程においていかに革新性を発揮し続けたか)のサイン会を聴衆相手に開始した。

すべては雲の彼方に

新たな雲が立ちこめ始めているのに気づかされたのは、昼食後のことであった。Michael Robertson氏は、Linspireの創業者であり元CEOであるが、Ajax13の名称で立ち上げた新会社からajaxOSという製品を販売している。同氏もMoore氏と同様の見解を繰り返しており、Microsoftのホームグラウンドであるデスクトップ市場で勝負を挑むのは間違っているとしていた。そしてajaxOSをもって同氏が立ち向かおうとしているのは、Microsoftが手を付けていない領域であり、それこそが雲の彼方に見え隠れしている分野なのである。

同氏の説明によれば、こうした雲こそはインターネット時代の象徴ということになる。最終的にAjaxOSは、この雲の中に隠された形でアプリケーションやデータストレージを提供することになるというのだ。その場合ユーザはブラウザだけを用意すればよく、どのプラットフォームでブラウザを実行するかは問題とされない。もっとも現状でajaxOSが動作するのはFirefoxブラウザだけだが、それもごく一時的な措置だという。Robertson氏によれば、最終的にはすべてのメジャーなブラウザがサポートされる予定だとのことだ。

Robertson氏は、ワードプロセッサおよびExcelスプレッドシート用のビュワーを用いてajaxOSの潜在力を示すデモンストレーションを行い、ajaxLaunchのWebサイトにアクセスして同社による開発の成果を確認してくれるよう訴えた。

さて結局のところ、これは現状のPCといったい何が異なるのだろうか? それはドキュメントが“雲の彼方”に存在するようになる、つまり各自のデスクトップに保存されるのではない、という点だ。たとえばMicrosoft Wordのドキュメントであれば、これをどこからでも読み出すことができるようになるが、変更などを加えた後のバージョンにアクセスできるのはajaxOSからだけに限られるというシステムである。そして、必要なアプリケーションはフリーで提供されるが、データストレージには課金をするという構想だ。

Enderle氏の独自の歴史観

Robertson氏の次に登場したのがRob Enderle氏である。Enderle氏の「Why the Hardware OEMs Won’t Do Desktop Linux」(ハードウェアOEMがデスクトップLinuxを作らないのは何故か)というプレゼンテーションが始まったのは、聴衆が帰り始めだした後だった。同氏の講演の前半部は、Windows対OS/2の抗争をMicrosoft側の視点で焼き直しただけのものであった。つまり、すべてはIBM側の失敗なのだと。

Enderle氏は、それを示す公的な記録があるにもかかわらず、Microsoftの行った悪行や違法行為に関する証拠には一言も触れなかった。同氏の講演中、誰にも聞こえない声で「この嘘つきが」と何度もつぶやいていたのは、他ならない私自身である。仮にEnderle氏の言葉を信じるなら、製品発売の寸前になってMicrosoftがIBMからWindows 95の搭載ライセンスを引き上げたことはない、ということになる。同氏の説明によると、実はIBMはライセンスを持ち続けていたのだそうだ。

次に同氏は、OEM製品でLinuxが採用されない各種の理由を列挙したが、その際には過剰なまでの攻撃性をもって長々とLinuxおよびAppleの支持者に対する批判を繰り広げた。もっとも、何故それがOEMの姿勢に影響を及ぼしているのかについて、同氏からの説明はなかったのだが。

熱弁を終えた同氏は、わずかながらも質問を受け付けた。その際に私が質問したのは、あらゆるティアワン(tier-one)OEMが北米地区以外でLinux搭載製品を販売しているが、同氏の列挙した理由でその辺の事情はどう扱われているのか、というものであった。はたしてこれらの企業は消えて無くなってしまったのだろうか? 同氏によると、そういう訳ではなく、実際そうしたものもあるが、OEMとしてもカスタマの要求に応えなければならない場合もあるだけのことだ、ということになる。ということは、北米地区だけが例外なのだろうか。

ドイツ、中国、インド、タイを始めとする北米以外の全世界ですべてのティアワン(tier-one)OEMからLinux搭載システムが販売されていることを認めるということは、同氏が列挙していた残りの理由が何であれ、あるいはスピーチの偏向性がどうであれ、自身の主張が間違っていることを認めることに他ならないはずだが、彼は果たしてその事に気づいていなかったのだろうか?

ところで同氏の列挙していた理由の中には、北米地区以外では通用しなさそうなものもあったが、それはWindowsを搭載してもらうためにMicrosoftがOEMに対して支払っているマーケッティング費用である。この件に関して私が思うのは、独占市場の維持が目的であればこれが違法行為である点はさておくとしても、OEMがLinuxその他のオペレーティングシステムの搭載に二の足を踏んでいる最大の理由はこれなのではないか、というものだ。

LinspireのCEOを務めるKevin Carmony氏は、Enderle氏の講演後の質疑応答セッションでコメントをしていたが、それによるとEnderle氏の意見の90%には同意するとのことである。唯一意見を異にするのは、LinuxもOEMについてMicrosoftと同じ事ができるはずだということだ。これを聞かされた時に私はピンときた。連中は気づいていないのだと。彼らにとってフリーソフトウェアやオープンソースとは、毛色の違う新たな商品の1つに過ぎないのである。コミュニティの倫理や存在意義などに、一文の価値も認めていないのだ。彼らがMicrosoft型の独占ビジネスモデルに対して抱いている唯一の不満は、独占している者がMicrosoftであって、自分たち自身ではないということなのである。

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