転職をいつ決意するべきか

IT専門職としてのキャリア形成とその維持を考えているならば、3つのポイントを常に考えておくべきだろう。

1つ目のポイントは、一般に信じられているのとは逆に、ITキャリアの形成に責任を負うのは雇用主側ではなく、個々人が責任を負うべきものだという点である。たしかに良き雇用主であれば、従業員の着実なキャリア形成に対するサポートは自らの責任だと心得ているものだが、当事者である己自身ほど自分のキャリアに関心を持ってくれる者などいはしないのだ。

2つ目のポイントは、今日の雇用環境はスキルと経験をますます重視するようになっている点である。自らのスキルや経験値を高めようとする意欲を自分自身が持っていなければ、それがテクニカル分野であれマネージメント分野であれ、昇進するチャンスはもとより、現在の仕事を将来的に維持できる可能性すらもか細くなっていくものだ。IT業界は弱肉強食の世界であり、より高度な(つまりは時流に乗って需要のある分野の)スキルをもつ者こそが、より一層のキャリア・アップをする可能性をもっている。

就職や昇進のチャンスを巡る競争社会において、自分のライバルとなりうるのは、同じオフィスのパーティションや近所のビルディングで仕事をしている人間だけではない。全世界の人間が、競争相手になりうると考えなければならない。自分のキャリア管理をできない人間は、キャリア管理をできる人間に取って代わられる危険性が非常に高いのである。

3つ目のポイントは、新たな挑戦にチャレンジしてチャンスをつかもうとする積極的な姿勢こそがセカンド・キャリアにつながるという点である。人によっては、会社とのつながりを深めて長期間の関係を維持することが、よい方向に寄与するケースもあるだろう。しかし、心地のよい環境に居座り続けることは、必ずしもセカンド・キャリアの獲得につながるものではない。ビジネスという生存競争がそうであるように、キャリア形成という生存競争でも自己満足に浸るのは危険な行為である。気を緩めて自分のキャリアを過信していると、負け組の1人になる可能性を高めてしまうのだ。

現在の職場への満足は、市場の現実から目をそらさせてしまう。環境というのはしばしば急速に変化するものであり、労働者のキャリア形成にマイナスの影響を及ぼす危険性を常に秘めている。たとえば、企業間の買収や合併などが起きてしまえば、従来のIT環境の運用方針にも変更が生じて、IT要員にそれまで求められていたスキルの必要性が激減するという場合もあり得るからだ。また会社の業績が低迷すれば、コスト削減のかけ声の下、IT要員の大幅リストラという事態にもなりかねない。

さて、ある企業の重役連が、競争力を高めるため新規テクノロジーの導入を決断したとしよう。こうした場合は、必然的により新しい技術についてのスキルが求められることになる。そして、現状の従業員を再トレーニングするよりも、必要な新規テクノロジーをすでに有している人間を新規に雇った方がいいと判断したらどうなるだろうか。あるいは会社は、新規テクノロジーの導入手段としてアウトソーシングを選択して、現行のIT部門から仕事を取り上げてしまうかもしれない。

取り組むべき問題を考える

最初の2つのポイント、つまり自分のキャリア形成は自分で責任を持ち、己のスキルを磨き続けるというのは、比較的単純な問題だ。怠ることなくスキル・アップを図り、経験値を高め続ければいい。必要な訓練を受ける手段についても、トレーニング・クラスを受講する、セミナーに参加する、あるいはオンライン・トレーニングを利用するなど、様々な方法が存在している。こうしたトレーニングは、雇用主側からのサポートを得られればベストだが、そうした制度が用意されていない場合であれば、己自身のキャリア形成に自分が投資する必要があるだろう。

3つ目のポイント、つまり何か未知の分野に新たな一歩を踏み出すというのは、最大の困難が伴う行為だ。しかし転職という選択肢には、その分だけ大きなメリットとキャリア・アップのチャンスが潜んでもいる。

転職を考えるにあたっては、そのメリットとデメリットを検討しておくことが重要である。つまり転職した結果が、自分のキャリア形成に有利に働くかどうかだ。たとえば、転職をすれば現在の職場で遭遇している問題からは逃れられるはずなので、それは十二分なメリットだと思えるかもしれない。しかし、どのような組織でも何らかの問題を抱えているものであって、現状からの逃避を第一の理由として転職を決断してはいけない。

行動を起こす理由を熟考する

今が転職する好機であるか判断するにあたっては、現在の職場において自分が置かれた状況を客観的に評価してみるべきだ。自分は知識を積み上げて成長をしているのか、あるいは足踏みをしているだけなのか? 自分の持つスキルや経験は、転職市場でどの程度の価値を持つのか?

体験者は語る
私自身これまでのキャリアとして、7つの企業で9つのIT管理業務を経験してきた。このうちいくつかは衝動的な離職行為であったが、それは退屈していたりフラストレーションが溜まっていたりして、何か新しい事に挑むいいチャンスだと思ったからだった。ありがたいことに、すべての転職は好結果をもたらした。そして今から振り返ると、もっと慎重に考えてから行動に移した方が、よりよい結果になったように思われる。現在の私は、何事についても十分に考える時間をかけるようになり、そのおかげで、より正しい判断が下せるようになった。
たとえば、売掛金処理用のITシステムに対する管理責任を5年間にわたり果たしてきた実績があるものとしよう。これだけの経験があれば、売掛金処理システムのエキスパートだと主張できるはずだ。しかしながら、自分が管理してきたシステムが過去8年間も変更されていなかったものだとしたら、あなたの経験は転職市場でどの程度に評価されるだろうか? つまりどのような実績があるにしろ、最新のテクノロジーに基づいたものの方がより一層の価値を持つということだ。

では、所属する企業が売掛金処理をアウトソーシングするよう決定した場合、自分のスキルや経験(そして企業にとっての存在意義)はどうなるのだろうか? たいていは、何か別の新しい職務が与えられることになるだろう。しかし、アウトソーシングする最大の理由がコスト削減であるような場合は、あなたはもう不必要な人間だと判断されるかもしれない。

ほぼ確実に言えるのは、現在の時流に乗った最新のスキルを持ち、これまであなたが行っていた仕事をこなすことができ、しかもより安い給料で働く人間を会社が求めれば、まず間違いなく見つかるということだ。路上に放り出されてから、転職の計画を立てたり、スキル・アップを考え始めるのでは、あまりに遅すぎる。

転職はキャリア形成に有益に寄与するというのには、自分のキャリアを自己管理して最善を尽くして自衛するという実際的な問題以外に、より表面化しにくい理由が存在する。つまり転職という行動は、単に収入を高めるだけでなく、次のような多数のメリットをもっているのだ。

  • 転職をすることで、最新のテクノロジーや技術に触れて、より新しいアプローチを学ぶ機会が増えれば、自分のスキルを磨くことができる。働き口を確保する一番確実な道は、現在の時流に乗って需要のある分野のスキルを身につけることだ。
  • 転職を実行すると、新たな環境に対する期待と興奮を味わうことができるが、これは現在の職場に居続けるだけでは得難い体験である。あるいは、転職を決意したのはキャリア形成の上で正しい判断だったのか迷うこともあるだろうが、緊張感ある生き方にそうした迷いは不可分の要素である。
  • 新たな人間関係の形成、新たな課題への挑戦、新たな仕事で求められる新たな知識や技術の取得は、学習と成長という行為の持つ喜びを思い出させてくれるかもしれない。いずれにせよ毎日出社して全力を出し切る状況に否応なく迫られるのであるならば、自分で納得のいくものにするべきではないだろうか?
  • 様々なスキルや豊富な経験をもって未知の業界に挑むことは、誇りを持って履歴書に書き込める項目を増やすことになる。
  • 転職が正しい判断であったならば、自分に何ができるのかを再認識できることになる。

転職を成功に導くには、キャリア形成の他に何が動機となっているかを理解しておく必要がある。つまり自分はどのような仕事がしたいのか、自分の目的にはどのような職場が適しているのかということだ。より具体的には、次のような可能性を考えることになるのではなかろうか。

  • それはコンサルタント業かもしれないし、ソフトウェアの開発会社かもしれないが、より魅力的な仕事の待つ会社に入る
  • 今とは違う場所で働く
  • IT分野のスキル・アップに関するサポート体制が充実していたり、そうした機会を得られることで定評のある会社で働く
  • 業務の一部を自宅でこなせる企業で働く
  • 自分の興味や個性にマッチした企業文化を持つ会社で働く
  • 急速な成長を遂げた会社で、キャリア形成にとって有利な機会が多数得られる職場で働く

テクノロジーの変化は急速かつ劇的であり、自分のスキルを高めるための不断の努力を怠る者は、キャリア形成での負け組になる可能性を自ら高めていることになる。最新テクノロジーの導入に後れを取った企業は時代に取り残されてゆくが、それはIT専門職でも同じ話である。

転職とは、自らを利する行為である。転職をすることで、自分の商品価値を高めて自ら働き口を確保することができれば、それはすなわち自分自身の利益に他ならないからだ。自分のキャリアを考える場合は、自分を第一に考えなければならない。