特許の質向上を目指す新たな取り組み

特許の質向上を模索している米国特許商標庁(USPTO)は米国で最も多くの特許を保有している企業に狙いをつけたが、偶然、それはオープンソース・ソフトウェア(OSS)に対して最大級の支援を行っている企業でもあった。IBMが2005年に取得した特許の件数2,941は2位以下を大きく引き離して13年連続の首位。そのIBMが、USPTO、Open Source Development Labs(OSDL)、Novell、Red Hat、SourceForgeと協力し、特許の量より質を目指している。そして、OSSコミュニティに協力を求めている。

ソフトウェア特許を巡っては、OSDLのPatent Commons ProjectOpen Invention Networkなど、改善を目指したり、フリー・オープンソース・ソフトウェアの製作者や利用者に対する法的措置の可能性を回避したりするための取り組みが数多く存在する。それらに加え、USPTOまでもが、特許の質向上を目指した取り組みを始めた。こうした取り組みの意義や効果については懐疑論もあるが、推進派はオープンソースと技術革新の世界から特許を一掃するために必要なことだと主張している。

USPTOの広報担当Brigid Quinnによれば、この取り組みの目的はOSSコミュニティに「先行技術」とされるための要件について理解を深めてもらうことにあるという。要件が明確になればOSSのソフトウェア・リポジトリが適切に記述されるようになり、そうなれば特許審査官が審査の際にそれを利用できるようになるだろうと説明する。

「そうなれば、特許審査官が用いる先行技術の資料の一つになり、ソフトウェア関連の特許申請を審査する際に参照されるでしょう。審査の際に適切な先行技術を知ることができれば特許の質も向上します」

IBMの標準オープンソース担当副社長Bob Sutorは、同社は米国で最も多くの特許を保有しておりUSPTOが特許の手続きと質を向上させるための矛先をIBMに向けるのは当然のことだと言う。

「特許庁から話がありました。当社が保有する特許は膨大ですから特許庁には大変お世話になっており、何が問題かはわかります。当社としては、特許制度を大いに利用している立場から、この取り組みを支援すべき責務があると考えています」

また、この活動を「技術の実際的適用であり、さらに重要なこととして、コミュニティの実務的な活動」だと位置づけ、OSSコミュニティや企業が関わることの意義を指摘する。

OSDLのゼネラル・カウンセルDiane Petersによれば、特許を巡るUSPTOとIBMの最近の動きは外圧によるものであり、昨年、特許寄贈と関連情報のための新たな特許共有が始まったが、この動きはその直後に起こった。米国議会とソフトウェア業界はUSPTOに特許の質向上だけでなく審査の迅速化も求めており、それがしばしば怪しげな知的財産権の認定につながっているという世評を生んでいるという。

さらに、IBMのオープンソース支持について疑う余地はほとんどないが、技術の巨人が最大の特許保有者でもあることをすべての人が気にしないわけではなく、「IBMも圧力を受けています」と言う。

「IBMは、問題の解決に取り組んでいることを示さなければなりません。私たちは、この2つの圧力を利用して、フリー・オープンソース・ソフトウェアの利益につなげたいと考えています。ユーザーがオープンソース・ソフトウェアに抱く信頼を高めるには、これはまさに必要なことです。それに、リスクはこれによって実際に軽減されます」

いわゆる「悪しき特許」は無効にできるか回避可能であるため対処する必要性に疑問を呈する人もいるが、Petersは、リスクを放置しておくこと、つまり、リスクを単に認識しただけでは問題はなくならない、とりわけOSSのユーザーやコミュニティにとって問題はいつまでも残ると言う。

特許に対するご意見番

IBMのSutorによると、特許の質向上を目指したこの取り組みは3つの活動から構成されるという。まず、USPTOによる先行技術の調査・検証にお墨付きを与えることのできる専門家ネットワーク。次に、先行技術となりうるオープンソース・コードの検索システムまたはデータベース。そして、学生の成績と同様の方法による特許の品質指数の3つである。

専門家ネットワークは、ハードウェアやソフトウェアだけでなく、あらゆる特許に有効だという。各分野に専門家のコミュニティを作り、特許に含まれる方法や技術の新規性を検証するというのが基本的な発想だ。「まず各分野で著名な専門家を組織します。これはすぐにできるでしょう。この組織は、次第に、著名な専門家のコミュニティを作り上げていくでしょう。そうなれば、(USPTOの特許審査官が)巷の意見を妄言としてあしらうことはなくなるでしょう」

2番目の活動はオープンソース・コードの検索可能な保管庫とすることを意図したもので、特許審査官が先行技術を調べるときに役立つ。「情報が蓄積されていけば、次第に、頼りになる存在になり、コードの多くも検索できるようになるでしょう」

USPTOのQuinnは、「この活動には、審査手続き中に特許審査官が先行技術と見なしうる技術を誰もが登録できる仕組みを作るという目的もあります」と言う。

そして、今あるOSSリポジトリは十分な情報が適切な形で含まれていず、作成日付さえ標準化されていない。変更を奨励すれば「先行技術としての有用性を毀損しかねません。今のリポジトリは、実用的な記述に対応した使いやすく検索しやすい書式にはなっていないのです」と言う。

「USPTOは先行技術の資料を必ず参照します。ソフトウェア分野では特にそうです。この活動に協力することは、今は参照されていないソフトウェア先行技術を活すための重要な一歩になるでしょう」

Sutorはこの2つの活動を「現実的な基礎」と呼び、第3の活動である特許品質指数は「長期的、構想的」なものだと述べる。そして、特許の質と経済的価値は異なると指摘した上で、「特許の質に関するGPA(米国の大学で採用されている評点平均値)と考えればいいでしょう」と言う。「たとえば、曖昧で不確かなことがあり、それが根拠のないセールス・トークを生みかねない場合、この品質指数が役に立ちます。品質指数によってシステムの余分なものをすべてきれいさっぱり削ぎ落とすことができれば、特許とオープンソースの関係をもっと明確に理解することができます。関係が明確に描き出されるでしょう」

取り組みの是非

特許の質向上など、特許関連の取り組みは特許がオープンソースの攻撃に利用される可能性を回避する役に立つだろうとOSDLのPetersは言うが、そのような対策は危険だという意見もある。

ソフトウェアの開発者で特許に反対するFlorian Muellerは、「そうした特許プールと先行技術に関する取り組みは、それ自体は無害です。しかし、その背後には、憂慮すべき状況、ソフトウェア特許の法的禁止を求める由々しき事態から人々の目を逸らそうという意図が隠されています」

NoSoftwarePatents.comの創設者で欧州におけるソフトウェア特許反対運動の中心人物であるMuellerは、こうした活動によって先行技術が見いだされ、認定されている米国特許が減少するかもしれないが、そうした特許は申請時にすでに存在していた先行技術を示すことで無効になる類のものだろうと指摘する。

「真に問題となる特許、たとえばEolasの特許やMicrosoftのFile Allocation Table(FAT)に関する特許などは、先行技術のチェックをかいくぐってしまいますから、このような取り組みで防ぐことはできません。主なオープンソース・プログラムについて、そのユーザーやベンダーが特許を巡る訴訟で大成功しニュースの見出しを飾ったことはありません。しかし、その日は来るでしょう。多くの人が問題を理解し、特許プールと先行技術ライブラリをつぶさに眺め、それらが特許問題をいかなる意味でも解決しないことを理解する日は来ます」

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