Sleepycat―健全な収益構造を持つオープンソース企業の見事な例

オープンソース・ソフトウェアがプールだとすれば、IT部門とは差し詰めそのプールを領分とする部門だと言えよう。ところが、つま先をプールに浸すことすらしたことのない、あるいは、プールサイドを歩き回っているだけのところもある。

そうしたIT部門の管理者になぜ思い切ってプールに飛び込まないのかと尋ねると、オープンソース・モデルを採用している企業は収益構造が脆弱で長続きするとは思えないという答えが返ってくることが多い。フリーなソースコードの提供が収益性を損なうため長期的なサポートを期待できないと考えているのである。しかし、そうとは限らないことは、Sleepycat Softwareを見れば明らかである。

オープンソース・ビジネス・モデルに誤った印象を抱いているのはIT部門だけではない。プロプライエタリなライセンス契約の下で営業している企業に尋ねれば、同じ答えが返ってくるのは請け合いだ。IT業界には、ソースコードを公開して利益を得ることはできないという漠然とした認識があるのである。

もちろん、よく知られた例外もある。最も著名なのはRed Hatだろう。だが、Red Hatの主力製品はLinuxオペレーティング・システムであるから、典型的なオープンソース・ソフトウェア企業とは言えない。オープンソース戦略を採用することで健全な収益構造と経営の持続性を実現している例を挙げるなら、Sleepycat Softwareの方が適切だろう。

SleepycatはBerkeley DBを提供している企業である。同社のWebサイトによれば、Berkeley DBは世界で最もよく利用されているオープンソース開発者御用達のデータベースだ。1996年の登場以来収益を挙げ、世界中で基幹業務に使われている。顧客は、Cisco、Motorola、Ericssonなど、電気通信やネットワーク業界の代表的企業から、Sun、HP、日立、富士通などの主要コンピュータ・メーカーにまで及び、さらに、インターネット業界の巨大企業――Google、Amazon、America Online(AOL)、Yahoo!――そしてEMCやVeritasなどの主要ストレージ企業とも取引があるという。

実は、Sleepycatに関心を持ったのは別の理由からである。Sleepycatのような実績を上げているとされる企業が、なぜ未だに非公開なのか。しかも、私の知る限り、役員にはベンチャー・キャピタル(VC)の人間が一人もいないし、どのVCからも恩恵を受けていない。それはなぜなのかという疑問からだった。

その答えを得るために、Sleepycatのマーケティング担当副社長Rex Wangに取材した。WangはSleepycatの収益が極めて順調であることを確認し、さらに、現在約30名いる従業員を増員して業容の拡大を目指しているが、これまでVCを利用してこなかったように、今回も拡張資金は借り入れではなく、すべてライセンス料による収益でまかなうという。

Sleepycatは非公開企業であるためWangは具体的な数字を明かさなかったが、その話から、Sleepycatが収益を上げているだけでなく、新規株式公開(IPO)を実施すると言えばウォールストリートが飛びつきそうな企業であることは明らかだった。そこで、WangにIPOの計画について尋ねてみた。

WangはIPOが何度も話題に上っていることを認めた。そして、ほぼすべての従業員が株主として同社を部分所有しており、株を公開で売買できるようになれば、従業員のすべてではないにしても、そのほとんどが利益を得ると考えないわけではないと述べた。しかし、会社の収益構造は健全で今後も成長し続けるであろうことから、当面、非公開企業に留まる作戦なのだという。

それでは、これ程の成功を収めているSleepycatが採用している収益モデルは、どのようなものなのだろうか――それは他社でも採用できるのだろうか、あるいはすでに採用しているのだろうか。Wangは、どちらも答えはイエスだという。簡単に言えば、Sleepycatはソフトウェアを2種類のライセンス、つまりGPLのような無償のオープンソース・ライセンスと有償の商用ライセンスを提供しているのである。

オープンソース・ライセンスでは、ユーザー・コミュニティに品質の高いコードを提供し、その代わりに拡張案およびバグ報告とその改修法を得ている。しかし、Wangによれば、コミュニティはBerkeley DBの実際のコードを書いているわけではない。コミュニティは多くの面で非常に役に立っているが、Berkeley DBはほぼすべて社内開発なのだという。

オープンソース・ライセンスでは、解説書の他にサンプル・コードとテスト・コードのすべてが入手可能である。それだけではない。オープンソース・ソフトウェア・プロジェクトはBerkeley DBを無償で利用でき、技術サポートさえも受けられる。実際、そうした多くの事例があり、その結果、Berkeley DBはSendmailやOpenOffice.orgを始めとする多くのオープンソース製品に組み込まれ、ほとんどのLinuxディストリビューションとBSD系オペレーティング・システムに同梱されている。かくして、Berkeley DBを知り、愛用している開発者は、今や膨大な数に上っているのである。

一方、有償ライセンスはSleepycatの収益源であり、Berkeley DBオープンソースを使用するプロプライエタリ・コードを販売したい顧客のためのライセンスである。これは無期限のライセンスだが、1年ごとに料金を支払えば1年に1回以上メジャー・アップデートを行うことができ、通常の技術サポートと保証が得られる。

「収益の約65%はライセンスによるもの、残りの35%はサービス(サポート、研修、コンサルティング)によるものです。この割合は多くのプロプライエタリ・ソフトウェア企業と同じですが、ほとんどのオープンソース企業とは異なります。」(Wang)

これこそがSleepycatを成功に導いた鍵であり、オープンソースの世界における成功へのまごうかたなき道なのである。まず特定のニーズまたは応用に向けて高品質のソリューションを用意する。そして、そのコードを2種類のライセンスで提供するのである。すなわち、一方でオープンソース・ライセンスを提供し、ソリューションを広く行き渡らせ受け入れられるようにし、他方で1年単位のサポートをオプションとして無期限ライセンスを提供し、ソリューションがプロプライエタリな製品に組み込まれるようにするのである。

オープンソース・ソリューションの持続性についてまだ納得できないITマネージャーは、次の点を理解すべきである。また、そうした人を知っているなら、次の点を勇気を持って指摘すべきである。ほとんどのIT部門は、自身気づいていないかもしれないが、すでにオープンソース・コードを利用しているのだということを。