Trolltech:オープンソースビジネスの好事例
Trolltech社は、1994年、Haavard NordとEirik Chambe-Engによって設立された。設立目標は、アプリケーション開発の助けとなるフリーのクロスプラットフォームGUIツールキットを作成することだった。2人で設立資金を捻出し、’Qt’(「キュート」と発音)というツールキットを作った。1998年、2人がKDEプロジェクトの初回カンファレンスに出席したとき、Trolltech社はすでに6人の社員と42人の顧客を抱えるまでになっていたが、今日、その数はさらに膨らみ、4か国に140人の社員、世界中に4000人の顧客を抱えている。昨年の売上高は1340万ドルである。これほどの成功が世界の投資家に見逃されるわけがなく、最近の資金調達活動では、670万ドルのベンチャ資本がTrolltech社に流れ込んだ。
Trolltech社の成長は、同社のデュアルライセンス方式によってもたらされた。QtはGPLのもとでリリースされていて、誰でも無料でこれを使い、独自のフリーソフトウェアを開発できる。だが、他方に有料のプロプライエタリライセンスもあって、Qtによってプロプライエタリアプリケーションを開発しようとする企業は、こちらのライセンスを使う。GPLのもとでQtを使うときは、そこで発生したすべてのコードにもGPLが適用される。
最初、Qtにはプロプライエタリライセンスしかなく、非商業ベースの開発もそれのもとで許可されていた。これにはフリーソフトウェアコミュニティからの強い非難があって、現在、QtはLinux、Windows、Mac OS Xを含むすべてのプラットフォームで、GPLのもとでリリースされている。それでも、デュアルライセンス方式は汚いやり方だと非難する声がある。フリーソフトウェアコミュニティを支援しながら、プロプライエタリベンダを不当に罰している。プロプライエタリベンダも、Linuxのマーケットシェアを押し上げるのに貢献しているのに……。だが、この主張はたぶん正しくない。理由は次のとおりである。
KDEプロジェクトは、Qtで開発された最初の、そして(これまでのところ)最大のフリーソフトウェア製品である。KDE開発者であり、自身もいくつかの企業を経営しているEric Laffoonは、これまで幾度となくTrolltech社を擁護する発言をしてきた。いわく、ごくわずかなライセンス費用で、生産性が目覚しく向上する。プロプライエタリソフトウェアを開発しようというのに、ISVがQtのプロプライエタリライセンスを取得しないなんてばかげている……。確かに、拡大をつづけるQtの顧客ベースを見ると、Adobe社のような大手だけでなく、多くの中小企業も含まれていて、Laffoonの発言は納得できる。Laffoonはさらに、製品をGPLのもとでリリースしようという動機づけを顧客各社に与えているという意味でも、Trolltech社は自由の助長に貢献している、と言う。
Laffoonの言葉の正しさは、Trolltech社が毎年行っている調査の結果でも裏づけられている。最近の同社調査データによると、顧客の28%がフリーソフトウェアプロジェクトに参加したことがあり、68%がLinuxを目標プラットフォームにあげている。Trolltech社社長で、共同創立者でもあるEirik Chambe-Engによると、「オープンソースの開発者のなかには、昼間の仕事として商用ソフトウェアを開発しながら、暇な時間にはオープンソースソフトウェアを開発しているという人が多いんです」と言う。「オープンソースの仕事の中でQtに出会って、それを昼の仕事場に持ち込む。で、勤め先の企業が私どもから商用ライセンスを購入するという図式です」
口コミによる評判と、成功しているフリーソフトウェアプロジェクトからの評判??その両方がTrolltech社にとって重要である。Chambe-Engは、Qtを「子犬を売るような製品」と言う。ペットショップでの商売のこつは、子供の手に子犬を抱かせることであり、それができれば商談は成立したも同然である。Qtでも事情は同じなのだ、と言う。「私どもにとって最大の難関は、開発者にQtを試してもらうことです。それさえできれば、もう誰もがQtにぞっこんですから……」KDEのようなフリーソフトウェアプロジェクトが、開発者の目をQtに向けさせるうえで絶大な効果を発揮することは、調査からも明らかである。
GPLライセンス製品とプロプライエタリライセンス製品の2本立てでいくことで、Trolltech社は大幅な事業拡大を図りながら、フリーソフトウェアの発展にも貢献できている。だが、Trolltech社がやっているのは、ただQtをコミュニティと共有するだけのことではない。KDE開発の中心にいる開発者を何人か雇用している。最近も、X11(Linuxで使用されているグラフィックスサーバ)で有名なZack Rusinを雇い入れた。
Trolltech社の社員は、プロジェクトを自由に選ばせてもらえる。「創造的金曜日」の制度もあって、金曜日には何でも好きな仕事ができる。「Trolltech社に来てから、信じられないほど自由にさせてもらっています」とRusinは言う。ここから新しく面白いコードが生まれ、広くフリーソフトウェアコミュニティにフィードバックされていく。Trolltech社の支援を受けながら、KDEにかかりきりになっているKDE開発者もいる。たとえば、David Faure(KOffice)、Aaron Seigo(Kicker、Plasma、Appeal)、Don Sanders(Kontact)といった人々である。
1998年、Trolltech社とKDE e.VはKDEコミュニティとの関係を緊密化させるため、KDE Free Qt Foundationを設立した。これはKDE側とTrolltech社の間の合意を具体化したもので、万一、Trolltech社がGPL版Qtの開発を打ち切っても、FoundationはQtをBSD様ライセンスのもとでリリースできることをうたっている。つまり、Trolltech社が善意の提供者の役割にとどまれば、KDEコミュニティは従来どおりプロ仕様のツールキットの恩恵を受けられるし、仮にTrolltech社が倒産の憂き目を見たり、株式公開に踏み切って(その噂があって、論争の火種になりかけている)フリーソフトウェアへの態度を変化させたりしても、KDEコミュニティとしては、依然、Qt開発を続行できる。さらに、BSDライセンスという選択肢が残る以上、Trolletech社がライセンス内容の変更に踏み切れば、別の会社がいつでもBSDライセンスのもとでQtの最新リリースを取得し、自らが独自プロプライエタリ製品の開発に乗り出して、Trolltech社の競争相手になれる。これは、Trolletech社がライセンス内容の変更に踏み切る意欲を殺ぐ方向に働くだろう。
KDEコミュニティに対するTrolltech社の支援的態度は、もちろん善意だけによるものではない。有志からのパッチ提供やその他のフィードバックが期待でき、製品の改良に役立つという計算がある。また、KDEデスクトップ環境は、同社の技術を誇示する絶好の陳列ケースであり、フリーソフトウェアコミュニティやISVにさえも採用を促す力になるだろう。フリーソフトウェアコミュニティとの間に「共栄」的関係が築かれれば、評判とコミュニティからの支持があいまって、Qtにとっては無料の巨大マーケティングマシンとなる。Chambe-Engの言葉では、どちらも「私どものビジネスモデルの不可欠な一部」だという。
さて、Trolltech社の将来の見通しはどうだろうか。モバイル市場への足がかりもできた現在、同社は視線の先にMicrosoft社とSymbian社をとらえている。ここでも、KDEの力は大きい(Nokia社の技術者がKDEの技術を使用している)。Qtの最新バージョンであるQt 4は、GPLのもとで初めてWindows上でリリースされ、Windowsプラットフォームでの開発に役立ついくつかの変更を含んでいる。Trolltech社のプロプライエタリライセンスは、これからもフリーソフトウェアコミュニティのあちこちから非難を浴びつづけるだろうが、同社の成功には今後も陰りはなく、Trolltech社自身はもちろん、Qtを使用する人々へも恩恵をもたらしつづけるだろう。
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