非プロプライエタリソフトウェアが推進する医療情報システム

あなたが病気でひどく具合が悪いときには、医療品質の高さと最新技術を誇る、街で一番大きくて近代的できれいな病院に向かうことだろう。しかし、本当に最新鋭の医療技術を求めるならば、小さい地方病院に行ったほうがいいかもしれない。資金繰りに困っている地方病院の病棟や研究室では、このところ非プロプライエタリソフトウェアが急速にその存在感を増しているのだ。

地方病院でも大きな医療センターでも、医療品質を高め、経費を節減したいと考えていることには変わりない。両者の大きな違いは、その目標ではなく資金力である。

主な病院業務の約80%(調剤業務、放射線業務、研究室業務、管理業務など)は、オープンソースソフトウェアを使ってオートメーション化できる。PCTSのヘルスケアITストラテジストであるAlan Portelaによれば、病院は実装に対する支払いのみを行うことになるので、オープンソースソリューションを採用すれば、完全なプロプライエタリソリューションに比べて経費を60〜70%削減できる。オープンソースソフトウェアによって経費を節約すれば、資金の少ない地方病院でも、プロプライエタリソリューションでしかオートメーション化できない――したがって断念せざるを得なかった――残りの20%の業務(救急医療、集中治療、手術室など)に資金を回すことができる。

地方病院でよく利用されている医療情報システム(HIS)の1つにVeterans Health Information Systems and Technology Architecture(VistA)がある。これは退役軍人局(VA)、内務省、その他の連邦政府関係の医療施設で使用されているHISである。連邦政府が作ったものはどれもそうだが、VistAはパブリックドメインであり、オープンソースではない。VAはVistAのソースと同プロジェクトに関係するコードを管理しており、いくつかの企業と協力して、VistAの商用化と同プロジェクトのオープンソース開発の管理を進めている。

一般的に、地方病院のスタッフは現職につく以前からVistAに馴染んでいる。多くの医者は、そのキャリアのどこかの時点で退役軍人局医療センターを経てきている。ただ彼らは、VAの外部でもVistAを利用できるということを知らないのだ。これは病院業務のオートメーション化というトピックにおける最大の秘密である。「現在では、数多くの地方病院が(Linuxを)実装して既存のアプリケーションを実行するようになっている。これらの病院は、オープンソース医療情報技術(HIT)ソリューションに対してより『オープンな』考え方を持っている」とPortelaは説明した。

抵抗勢力

しかし、すべての医療組織がVistAに対して好意的なわけではない。この業界は全体としてHITなどというものを望んでいないし、ましてオープンソース技術などは論外である。Gartnerの医療グループのリサーチディレクターであるTom Handler博士によれば、HITに投資しているのは、小規模な医療機関や地方病院およびコミュニティ病院の5〜10%に留まっている。しかし、HITシステムはテストオーダーの重複を減らし、配合禁忌の薬剤の混合を防止するのに役立つ。さらに、もっと大きなコスト削減にも貢献する。「完全にペーパーレス化されたIndiana Heart Hospitalでは、実際に平均入院日数が減少した」とHandlerは語っている。これらはあまり重要なメリットには見えないかもしれないが、いずれ大きな意味を持ってくるだろう。「本当ならば財政面で大きな成果を出さなければならないのだが、今のところ投資収益率が上がっているのは、患者ケア、患者安全、入院日数の短縮化といったソフト面ばかりである。ハード面の投資収益率(つまり経費の節減)は、まだ明確には現れていない」。したがって、現状では、病院側がHISシステムの使い方を覚えるよう医者たちに強制するのは困難である。

HITシステムの使い勝手は良くなっているが、医者(つまり利害関係者)がHITシステムを使うことを拒否したときは、かなりの割合で実装が失敗に終わってしまう。コミュニティ病院は自前の医者を有していないため、医者にHISシステムを使うよう強制することができず、結局はHISをまったく導入しないという方法で損失(と利益)を避けるしかないのだ。

Gartnerは、医療ITにおけるオープンソースの将来的発展について絶対的な自信を持っているわけではないが、Linuxに関してはおおむね楽観視している。「臨床サイドの医療の問題は、それが非常に複雑な処理であり、おそらく他のどんな業務よりも複雑な処理を必要とするということだ。ほとんどの臨床システムは、どんなに好意的に見ても不完全である」とHandlerは述べている。Handlerによれば、患者安全、効率性、財政的メリットという面で十分に満足できるシステムが完成するまでにはまだ時間がかかるだろうということだ。VistAも、大部分のプロプライエタリなHITソリューションも、いまだ発展途上の段階なのである。

Handlerはこう語っている。「VistAは非常に優れたシステムであり、競争に耐えるだけの性能を備えているが、ここ10年のうちにもっと大きく前進しなければならないだろう。たとえば、(病院が)現在のバージョンのソフトウェアをカスタマイズした場合、新しいバージョンが出てきたときにはどうすればいいだろうか? (病院は)それ以降ずっとコンサルタントと組んでカスタム開発を行わなければならないのだろうか? 長期的な支払いの宛先がベンダからコンサルティンググループに代わるだけの話なのだろうか?」

インテグレータにとってのメリット

VistAの実装には大がかりなカスタマイズが必要であるため、通常は、Patient Care Technology Systems(PCTS)のような経験豊富なシステムインテグレータが担当することが多い。PCTSは緊急治療室のプロプライエタリな患者安全ソリューションのリーディングプロバイダであるが、PCTSのようなプロプライエタリベンダ/インテグレータが、いったいどうしてオープンソースソリューションの提供に関わるようになったのだろうか?

PCTSのヘルスケアITストラテジストであるAlan Portelaはこう語っている。「この動きは、Agency for Healthcare Research and Quality(AHRQ)が許可(RFA-HS-04-010)を出したことによって推進されたものである。この許可は、地方病院や小規模な救急病院がデータ、情報、知識リソースを包括的なネットワーク情報管理システムへと統合するためのシステムおよび技術を設計、テスト、開発する際の便宜を図ることを目的としていた。我々は、VAの173の医療センターのオートメーションシステムで実現されている統合化のレベルと、そのシステム(VistA)がオープンソースソリューションとして利用できるという事実に大きな感銘を受けた」。

さらにPCTSは、VistAがInstitute of Medicine(IOM)に支持されているということを高く評価した。IOMはこのように述べている。「VAの統合医療情報システムは、品質向上のためのパフォーマンス基準を使用する枠組みも含めて、我が国で最も優れたシステムの1つと考えられる」。

しかし、プロプライエタリなパッケージ製品でも、高度な統合やカスタマイズが必要なことは同じである。現時点では、オープンソースを採用してベンダからインテグレータへと単純にコストをシフトさせたとしても、実質的にすることは変わらない。インテグレータがプロプライエタリソフトウェアのベンダと協力してシステム構築を行う場合でも、インテグレータがVistAを商用化する企業と協力してカスタマイズ内容を新バージョンに移行させる場合でも、発生する作業はほとんど同じである。

安全性

これは医療情報なので、データセキュリティや事象ベースのミスの可能性といったものが最重要課題になる。Portelaはこう述べている。「VAのシステム(VistA)は、軍関係者の患者データを扱うものなので高度なセキュリティの下で構築されている。同システムは、保健社会福祉省が制定したHIPAA要件のスーパーセットであるInformation Technology Security Certification and Accreditation Processに準拠している」。大きな障害が起きて患者データが利用できなくなった場合でも、ワークフローが大きく中断されることはないので、患者の安全を危険にさらすおそれはない。紙ベースのメモやオーダーエントリはどこにでもあるものだが、このようなイベントの処理方法は、オープンソースソリューションでもプロプライエタリソリューションでも何ら変わりはない。

既に独自のHITソリューションを実装している大規模医療センターもいくつかある。しかし、完全な成功を収めているとは言いがたい。彼らは2000年問題の際にこのソリューションに着手したが、今もなお懸命に統合を進めている。この試みが失敗した最大の理由は、コスト、統合の不備、そして実装チームの経験のなさである。

「これらの病院は、今ではコストと統合の問題はオープンソースアプローチによって解消されるだろうということを理解しているが、一歩踏み出す前に、実装の発展具合を慎重に研究している」とPortelaは語った。「将来の医療機関では、規模の大小に関係なく、臨床オートメーションの中核にはオープンソースを使用し、救急治療オートメーションには商用製品を使用するという混合型のアプローチが主流になっていくだろう」。そのためにまず最も重要なマイルストーンは、地方病院でオープンソースHISの実装を成功させることである。