Linuxデスクトップでのグラフィック/メディア制作

第1次湾岸戦争の当時、私は日刊紙の写真部にいて、ビデオのフレームグラブや電送写真の準備、号外の作成といった作業を50,000ドルのMacと100,000ドル相当のSony製ビデオギアを使って行っていた。第2次湾岸戦争のときは、やはり印刷物のためのフレームグラブを担当していたが、このときは800ドルのLinuxマシンと39ドルのビデオカードを使っていた。

実際、Linus TorvaldsがLinuxの仕上げをしていた1991年は、まさにアメリカ軍がクウェートに派兵していた年だった。それ以来Linuxは大きな成長を遂げており、2003年の私のRed Hat 9/Ximian XD2ワークステーションは、値段にして2桁も安い上に、ずっと高速で高品質の出力をもたらしてくれる。

Linuxデスクトップは明らかに成熟期に入っており、日々のメディア制作に役立っている。画像中心のメディアも例外ではない。現在では、膨大な数のWebページがLinux上のBluefishGIMPといったデスクトップツールと、PerlおよびPHPベースのサーバサイドコンテンツ管理システムを使って作成、更新されている。

Linuxツールは異種混合システムでも問題なく動作

Linux Webツールはオープン標準に基づいて開発されているので、通常は異種混合環境でも問題なく動作し、WindowsベースやMacベースの多様なコンテンツ管理システムをApacheベースのWebサーバと連携させるのに役立つ。たとえばgulker.comのブログはこの方法で動作しており、tvtime(かつてはxawtv)とGIMP、Mozillaを使用してフレームグラブ、グラフィック、テキストを配置している。

私の見た限り、Linuxデスクトップはたとえば日刊紙トップ100と同じくらいの数のWebページを毎日制作しており、Linux中心のサイト(Slashdot、NewsForge、Linux Journalなど)だけでも月にのべ1000万人が訪れている。これは主要な全国向け出版物の発行部数に匹敵する。Linuxのデスクトップユーザの数は少ないかもしれないが、そのユーザの生産力は非常に高い。すべてのLinux出版物を合わせたとしても、その制作スタッフの数は上位100誌のどの新聞社よりも少ないことだろう。

LinuxとWebが共に発展を遂げる一方で、印刷メディアの分野でもLinuxデスクトップの影響力が増してきている。TeXは、もともとは1980年にDECのミニコンピュータ上で開発された電算写植言語だが、現在も使われており、Linux上で問題なく使用できる。今年3月には、インド最大の電話会社がTeXとPostgreSQLデータベースを使用して、ケララ州の州都ティルヴァナンタプラムの全2冊の電話帳を400,000部作成した。このプロジェクトでは、従来の印刷物制作技術ならば50人で6ヶ月の工数が必要だったところを、Linuxを使ってより少人数のチームでたった4ヶ月で成し遂げることができた。

TeXとLaTeXアプリケーションは現在でも工業文書、科学文書、数学文書を作成するために広く使われているが、よりユーザフレンドリーなWYSIWYGアプリケーションや印刷中心の機能およびユーティリティが必要な分野では、Linuxを使うことでさらにメリットがある。

色管理の問題

印刷で使用されるCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)カラーモデルを扱うアプリケーションの分野では、他のプラットフォーム(主にMac)に一日の長がある。CMYKイメージファイル(業界用語では「色分解ファイル」)は、非常に複雑で扱いが難しいファイルである。GIMPは、少なくとも2.0より前のリリースでは、RGBモデル(人間の目やコンピュータのモニタ、Webグラフィックで使われるカラーモデル)にしか対応していなかった。GIMPにはRGBをCMYKに変換するSeparateというプラグインが少なくとも1つあり、GIMPのチャンネル機能を使用するという次善策もいくつかあるが、LinuxプラットフォームにはAdobe Photoshopやその他のプロプライエタリアプリケーションのCMYK機能に匹敵するものはない。

しかし、Scribusという新しいオープンソースのページレイアウトアプリケーションは、PDFファイル形式を利用することでこの問題を解決している。PDF(特にPDF/Xと呼ばれるバージョン)は、印刷物制作の標準形式として登場したものである。実質的にすべての雑誌、新聞、カラー広告は、ベクタデータとラスタデータを含む高解像度のPDFファイルとしてプリンタに送信されている。

Scribusでは、Quark XpressまたはAdobe InDesignに似たペーストボード方式のユーザインターフェースを使って雑誌やニュースレターなどの印刷物を作成する。その過程で、文書をPDF形式にエクスポートする前に、RGBのビットマップグラフィックファイルを(XMLベースのネイティブ形式を使って)文書内に埋め込むことができる。さらにScribusでは、色管理(業界用語では「CMS」)を実現するために、オープンソースのlittlecmsライブラリを利用している。CMSとは、スキャンからレイアウト、出力までのプロセスを通じて色の正確さを保証するための重要なステップである。CMSシステムは、オープンな色標準を使用することで、さまざまなカラーマッチングアルゴリズムと参照テーブルを通じてスキャナやデジタルカメラの色空間をモニタや印刷機と一致させる働きをする。

RGBイメージファイルを含んでいるPDFファイルは、RIP(Raster Image Processor)というコンピュータによってCMYKに変換される。RIPは、印刷機に取り付けられるCMYK刷版を作成するレーザー刷版作成機を動かすためのコンピュータである。最新型のデジタル印刷機では、刷版作成機の工程を省き、会社のレーザープリンタでは使われないような技術を使用して印刷ドラムに直接書き込みを行う。RIP作成機では、価格の安さと機能の充実度からGhostscriptがよく使われている。

このアプローチの利点の1つは、RGBカラーの範囲は実際には変換後のCMYKの範囲よりもずっと広いという点である。同じPDF/RGBファイルをRIPにかけて各種の出力デバイス(4色のオフセット印刷機、デジタル印刷機、ハイエンドのインクジェットプリンタなど)用に処理することができるが、各出力メディアは品質を最適化するためにそれぞれ異なるCMYKファイルを必要とする。これは、宣伝広告のように、新聞や雑誌、あるいはバスカード、ビルボード、その他の大きなスペースに同じ広告レイアウトを掲載するような用途では特に重要である。論理的には、画像解像度や色管理などの問題に適切な注意を払えば、どの種類の広告にも同じPDF/RGBファイルを適用できるのだ。

ベクタベースの優秀なツール

Scribusにはベクタ描画ツールが含まれており、曲線の種類を設定するなどの機能もある。その他のオープンソースのベクタ描画アプリケーションとしては、Sketch、Karbon14KOfficeの一部、Sodipodi、OpenOffice.orgのDrawなどがあり、これらのツールではベクタ形式のイラストを作成することができる。ベクタ形式では、曲線や線の濃淡などを解像度に依存しない数学的な表現で表し、描画内容をネイティブなベクタファイル(SVGなど)か、ターゲットの解像度(たとえばWebなら72 dpi、印刷物なら300または1200 dpi)に合わせてラスタ化されたビットマップとして出力することができる。プロプライエタリのベクタ描画アプリケーションとしては、Adobe IllustratorMacromedia Freehandがよく知られている。

もう少し身近なレベルの印刷出版に目を向けてみると、ニュースレターからトレーニングマニュアル、人事マニュアルにいたるまで、膨大な数の企業文書やその他の印刷物がMicrosoft Wordで作成されている。StarOffice 7はMSのファイル形式と互換性があるだけでなく、PDFとHTMLの作成機能をあらかじめ備えているので、画面用と印刷用の文書を作成するための手間が減り、文書を紙媒体でもオンラインでも簡単に配布することができる。

Linuxカーネルが進歩し、USBやFireWireといった技術がサポートされるようになったことも、フィルムスキャナやプリントスキャナ、デジタルカメラから画像の取り込みを行うユーザにとってはプラスになっている。SANE(およびGIMP用のSANEプラグイン)と商用のVueScanを含んでいるオープンソースアプリケーションならば、ほとんどどんなハードコピーメディアからでもLinuxマシンに簡単に画像を取り込むことができる。VueScanはMacでもWindowsでも広く使われている働き者のアプリケーションで、ぜひとも利用したい追加機能である。私の経験では、Linux上でVueScanを使って行ったスキャン結果は、他のOS上で同様の設備を使って行ったスキャン結果と同じくらい信頼の置けるもので、VueScanはSCSI、USB、FireWire対応のほとんどのスキャナをサポートしている。

ワークステーション一式で1,000ドル未満

実際のところ、出版業界という、これまで貪欲に拡大の道を追求してきた業界の名うての倹約家たちがLinuxに手を伸ばさなかったのは不思議である。Linuxプラットフォームならば、非常に強力なグラフィックワークステーションを1,000ドル未満で十分に組み立てることができる(おそらく500ドル未満でも可能だろう)。Macならば1,800ドルのPower Macと2,000ドル相当のプロプライエタリソフトウェアが必要になるところであり、それを考えると、Linuxワークステーションは非常に魅力的に見えるはずだ。

オープンソースアプリケーションを使った出版の例を私が同僚に話すと、出版業界のサーバOSとしてはLinuxが広く使われているものの、印刷出版デスクトップの分野ではオープンソースが広く使われていないということに対して誰もが驚きを見せた。この原因はほぼ間違いなく、経験とスキルセットが他のプラットフォーム(ハイエンドの印刷グラフィック処理の場合は主にMac)に結び付いているという現状にある。

熟練の印刷制作スタッフに対する現在の給与支払いコストに比べれば、コンピュータのコストは小さいものに見えるかもしれない。しかし、出版社では生産性を収益性の鍵として考えており、Macが長らくWindowsの優位に立っているのは、きちんと開発された使いやすいMac環境の方がより生産的に働けるという根拠があるからだ。たとえば、Mac OS Xはネイティブなイメージ形式としてPDFを使用している。

しかし、出版社はいつまでもオープンソースに抵抗できるだろうか。ある新聞社は、QWERTY方式のキーボードを備えたLinotype植字機(1886年に初めて登場した機械式植字機)を導入することで、記者と植字工の両方に給料を払わずに済むようにした。安さこそが最重要事項であるビジネスの世界では、先見の明のあるいくつかの出版社は、LinuxデスクトップはWebの分野において安価で生産性の高いツールとして既に成熟しており、印刷出版の分野でもそうなりつつあるということにすぐに気が付くだろう。

Chris Gulker──シリコンバレーに拠点を置くフリーランスの科学技術ライター。1998年以来、130本以上の記事とコラムを執筆する。彼の仕事場には7台のコンピュータと1匹のオーストラリアンシェパード、そして偉そうな態度の灰色の小さな猫がいる。