見どころ満載のIBMパーバシブコンピューティング研究所
私とAustin LUGの他のメンバー、総勢十数名がそこで見たものは、かつてない「知能」を与えられたアイロン、オーブン、冷蔵庫、テレビ、ブラインド、照明、携帯電話、デジタル額縁、そして自動車だ。これら家中の機器がすべてゲートウェイにワイヤレス接続されているわけだが、そこではさまざまな規格が使われていた。屋内に張り巡らされた電線を利用した独自のプロトコルが使われていると思えば、BluetoothやWi-Fiが使われているところもある(データをやり取りする相手が特定の機器なのかシステムの他の領域なのかは知らないが)。
私達を案内してくれたのは、同研究所のシニアテクニカルスタッフ兼ディレクターでInternet Home Alliance(家中をネットワークで結び、情報を交換できるようにすることを目的とした企業コンソーシアム)のチーフテクノロジオフィサーでもあるBill Bodin氏だ。
ゲートウェイコンピュータと、2つの例外を除くすべての機器では、Linux上でJavaを稼働させている。残る2つの機器では、QNX RTOS上でJavaを稼働させている。Bodin氏は、IBMがJavaを選んだ理由を「特異なオペレーティングシステムから開発者を解放するため」としている。ビジネスとしての観点からは、Javaを使うことで、アプリケーション開発に必要な人材をより多く確保できるという利点が挙げられる。事実、Java開発者の数は、組み込み型RTOS開発者の数よりはるかに多い。
IBMが使用しているLinuxディストリビューションをBill Bodin氏に訪ねたところ、「MontaVistaを使っている。Hardhatも使っている。我々はすべてを使っている」という答が返ってきた。特定のベンダに肩入れするということをしない──いつものことながら、IBMはコミュニティ内では公平そのものだ。
リビングではくつろいだ雰囲気の中、各種機器に関する氏の説明を聞くことができた。リビングの環境制御(照明を落とす、ブラインドから明かりを採る、テレビ、ステレオ、Webカメラの電源をオン/オフするなど)には、音声を使う場面もあればGUIを使う場面もあった。ジェスチャー認識にもかなり力を入れていることがわかったが、まだデモンストレーションの準備は整っていなかったようだ(蛇足だが、身振り手振りの激しいイタリア人がジェスチャー認識に挑戦したらとんでもない結果になりはしないかという私の質問は、軽くかわされてしまった)。
音声認識はボキャブラリの発声練習など一切必要としない完成度の高いものだった。私達はBill Bodin氏に勧められ、PDAや携帯電話を借りてコマンドの音声入力にチャレンジしてみたのだが、特に苦労することなく照明のオン/オフを切り替えることができた。各種機器はゲートウェイを介してサーバー上のソフトウェアやデータにアクセスし、他の機器とデータを共有することができる。氏は、エンターテイメントセンターからガレージの自動車に、「オールドタイムロックンロール」のコピーを(もちろん、DRMを使って合法的に)転送してみせてくれた。実際にその曲は、見学の後半でガレージに回ったところで、カーステレオのスピーカーから聞くことができた。
もっと驚かされたのがキッチンだ。冷蔵庫は食材の出入りを記憶し、食材の重さを量り、賞味期限を計算するなど、鮮度を保つために必要なあらゆる指標を取り入れている。食材に付けられていた「ラベル」は、実は既に実用化されているものだ(もっともその多くは店頭での万引き防止を目的としたものだが)。このラベルはデータの書き込みが可能な小型アンテナだと思えばよいだろう。庫内での異常検出も万全だ。消費電力と庫内温度を常時監視し、異常の兆候を瞬時に検出することができる。
ハイブリッドモデルのオーブンもなかなかのものだ。インターネット上のサーバーからレシピ(プログラム)を読み込み、それに従って調理を進めることができる。時間ぴったりに完璧な料理が完成するのだ。これはファストフードチェーンにうってつけのテクノロジだと思えたので、Bill Bodin氏に見解を尋ねたところ、「そうですね、でも、まずいと評判の店がこれを採用しても成功しないでしょうが」という味のある返事をちょうだいした。
パーバシブコンピューティング研究所は家事だけをテーマとしているわけではない。Linuxによる無人航空機の操縦といった研究も行われているが、今回の見学コースからは外れていた。氏によれば、パリの航空ショーでは大いに注目を集めたとのことだ。なお、IBMが航空産業への参入を図っているわけではない。テクノロジを提供しているだけなので誤解なきよう。
気になったのは同研究所の性質だ。純粋に研究を目的としたものなのか、あるいは、パーバシブコンピューティングの啓蒙をも目的としたものなのか。Bill Bodin氏に尋ねたところ、同研究所で開発されたテクノロジの中には、建設/住宅産業で既に実用化されたものがいくつかある、という回答を得た。
ワイヤレステクノロジを使ってリアルタイム(分単位)の在庫情報と工程管理情報をリンクさせ、合理的な作業スケジュールを立てて建設サイクルを短縮することのできるスケジューリングアプリケーションも開発されている(Airtoolz Software)。一方、コンシューマーサイドの研究も行われている。たとえば、IBMは、バージニア州ロアノークのティンカークリーク地区の開発に協力し、オーブンの火やドアの施錠などをリモートチェックするための基本テクノロジを提供している。各住宅はイントラネットに接続され、住人はコミュニティのニュースやイベントをオンラインで知ることができるのだ。
「話が現実離れしている」、「一緒に行ったわけじゃないから信用できない」、そうお思いの読者は、フロリダ州オーランドーのEpcot’s Future World: Innoventionsに足を運び、IBMの5000平方フィートの展示エリアを見学していただきたい。今回、案内役を務めていただいたBill Bodin氏によれば、近い将来、同所で1日2回、ライブのデモンストレーションを実施するとのこと。また、現在研究所で使っているストリーミングテクノロジの高性能化に成功したら、インターネット経由でライブの様子を見ることもできるそうだ。オーブンに来月の予定を覚えさせるのも一興だろう。
著者(Joe Barr)略歴
IT分野のライターとして10年(Linuxについては5年)の経験を持つ。IBM Personal Systems Journal、LinuxGazette、LinuxWorld、Newsforge、phrack、SecurityFocus、VARLinux.orgなどに掲載記事多数。Linux Liberation Armyの公式ニューズレター、The Dweebspeak Primerの生みの親でもある。