Red HatとLinuxとコンシューマと利益を共存させるには?
では、「それ以外のもの」、つまりRed Hatが「コンシューマ」と呼んでいるラインについてはどうだろうか。先週The RegisterがRed Hatのマーケティング担当副社長であるMark de Visserに対して行ったインタビューの印象では、短期的に言えることはあまり多くないか、変わりばえしないことばかりで、長期的に見れば、大きな変化はあるだろうが、おそらく青写真と呼べるようなものはまだないのだろうと思われる。なお、このような印象を必ずしも批判的にとらえるべきではない。Red Hatも、他の主要なディストリビューションと同様に、無料のものから儲けを得る方法を模索しているところであり、要は、エンタープライズラインは儲けを得る見込みがあり、現在計画中のコンシューマラインはそうではないということである。
de Visserがインタビューに際して強調していたのは、ここに来たのは製品のアナウンスをするためではなく、Red Hatの今後の展望と目標について説明するためであり、そこからいろいろ推論してもらってかまわないということだ。したがって、以下の内容はほとんどがThe Registerの推論であり、Red Hatのロードマップではないのでご注意いただきたい。
最近になって、Red Hatコンシューマのための出発点が用意された。ごくあいまいなエンタープライズ/コンシューマの区分に伴い、Red HatはRed Hat Networkのオンラインアップデートサービスを有料と「デモ」(つまり無料)に分けたのである。有料の利用者は通信量の多い時間帯でも帯域幅を優先的に使用できるが、デモ利用者がデモアカウントを有効にしておくためには定期的にRed Hatの調査フォームに記入しなければならない。皮肉なことに、de Visserに勧められてThe Register記者がRed Hat 8.0インストレーションのデモアカウントを利用しようとしたところ、先週の火曜から1日に何回か(日曜日には2回)試してみたが、いずれもネットワークの混雑のために拒否され、有料サービスを勧められた。
これは以前の経験からすれば大きな変化だが、なぜこうなるかについての我々の推論は、自明の理屈からは少し外れている。
Red Hatは、全ユーザに利用料を払わせるまでこのような「ムチ打ち政策」を取ることにしたのだろうか? そういう意図もあるのかもしれないが、このようなやり方はコンシューマラインでの収益には結びつかないだろうという可能性を考慮するべきだ。Red Hatのデモアカウントを使用している人々の大部分はRed Hatソフトウェアを無料で入手した人であり(これはLinuxコミュニティでは完全に合法的だが、ディストリビュータにとっては明らかに利益にならない)、もしもRed Hatソフトウェアを無料で使うことが難しくなれば、彼らは料金を支払わずに、どこか別のところに去ってしまうだけである。しかも、去るときに跡を濁すようなこともするだろう。したがって、「ムチ打ち政策」は利益にならず、信奉者の離反と悪評につながるだけである。
今度はもう少し別の方向で考えてみよう。現在、Red Hatは収益面でプラスになりそうに見えるラインと、そうでないライン(多かれ少なかれ従来のLinuxビジネスモデルを使っているもの)を抱えている。しかし、これは無料なら利益にならなくて、有料ならば利益になるという話ではないことに注意してほしい。どちらも利益にはならないのである。Red Hatが小売店でいくつか売れても、利益にはいたらない。そのくらいの収入は、Red Hat Network利用のコストと同様に、配布コストで消えてしまう。さらに、従来のオープンソースの「1年に2回」というアップデート頻度は、小売店のパッケージソフトウェアの物流を狂わせること必至である。したがって、会計的視点からすればコンシューマを少々の料金を支払っている人とそうでない人に分けることは可能だが、戦略的視点からすれば利益を期待できない1つの大きな集団と考えた方がよいだろう。
エンタープライズ領域の場合は、顧客の意識や期待が異なっているので、料金を支払っているかどうかに応じてサポートシステムを分けることも実現可能である。しかし、Red Hat Networkはかなりの負担を伴う大きなサービスなので、ユーザが増えれば増えるほど負担も大きくなる。
Mark de Visserは、Red Hatはそれを強要していないし、強要したこともないと語っていたが、その費用と、それに対処するために同社が考えているいくつかのアイデアを簡単に説明してくれた。これらは主に、帯域幅の使用をオフロード/分散させるもののようだ。彼によれば、最新のOSアップデートでは、分散型の配布方法を試しているそうである。つまり、中央のサイトにアクセスできるユーザが、その見返りに自ら配布元になるという方法であり、このツリー構造を通じて負荷とコストを分散させるのである。この方法はうまく機能しそうであり、Red Hatも積極的にこれを推進したいと考えているようだ。
The Register記者が先週来アップデートしようとしてできなかった問題の原因を、Red Hatの会計係が結果として帯域幅を狭めたせいだと考えることも可能だが、その結論に飛びつくわけにはいかない。逆に、Red Hatが抱えている直接配布の負担を軽減させるためには、長期にわたって帯域幅を効果的に狭めることが避けられないなりゆきであると我々は考えている。
他のアイデアもこれに関係している。たとえば、同社は現在、アップデートやRed Hat互換ソフトウェアを収録したCD付きの定期購読雑誌のパイロット版をイタリアで計画している。雑誌はThe Registerが長年携わっていた分野なので、この方法はかなり有力で、利益を上げられる可能性の高いフリーソフトウェア配布経路になるのではないかと思われる。
では、Red Hat互換ソフトウェアについてはどうだろうか。The Register記者は、サードパーティソフトウェアについての質問をデモアカウント調査に含めることが重要であるとde Visserに提案した。彼はそれに対して、調査の質問の大部分は、調査を慌てて作った人が誰でも思いつくようなもので、そんなに深く読み込むものではないと答えた。しかし、我々がサードパーティによる配布とマーケットプレイスのアイデアについて話すと、それなりに根拠のあることだと納得してくれたようである。
これもまた推論だが、Lindows.comのClick N Runのような購読型ソフトウェアマーケットプレイスは、うまく機能しそうなアイデアである。ただし、Lindowsはそれに耐えられるほどの影響力と評判を持っていない。だが、大手のディストリビュータならば、かなりのボリュームのサードパーティソフトウェアを集められる可能性があり、そうすれば、そのディストリビューション上で簡単にインストールして実行できるとわかっているアプリケーションをわずかな金額で入手できるので、ユーザにとっては大きな魅力になるだろう。運営方法としては、利用料でまかなうことも、アプリケーションベンダの援助を受けて収入の一部を返還することも、両者を組み合わせることも可能である。
お気付きのとおり、これは正確には配布の負担を逃れるための方法ではなく、配布コストをサポートするための方法である。オープンソースも、成熟するにつれてマーケットプレイスを必要とするようになるのだ。
さらに言えば、de VisserはRed Hatの将来的な姿として小売や箱入りパッケージを考えていないので、有料の電子配布チャネルを確立することは同社にとっての重要課題である。
しかし、いったい何を配布するのだろうか。それは難しい質問である。ビジネス用のLinuxサーバーについては確実に市場があり、ビジネスワークステーション製品については少なくとも市場の見込みがあるが、コンシューマ用Linuxの状態は霧に包まれている――もしも、これまでのすべての開発成果が「コンシューマ」に分類されるものだった読者にとってはご愁傷様である。de Visserに直接尋ねたわけではないが、我々の言葉を信じてもらってよい。
Red Hatがコンシューマに対して行ってきたことは、同社の視点からすればうまく機能しておらず、現在していることも、ソリューションという意味では機能していない。現在の方法は、制御を行ったりコストをカバーしたりするもので、売上げ拡大を続けるRedmondを引きずりおろす力はない。
また、Red Hatやその他のディストリビューションが、短期間のうちにそのような計画を立案する可能性もほとんどない。de Visserによれば、コンシューマ向けの動きが実際に出てくるまでには数年かかるだろうということだ。したがって、実際には、Red Hatなど各社が積極的にMicrosoft打倒に立ち上がるよりも、Microsoftが一時的に戦いに敗れるのを期待して待つことになるだろう。
そのことに特に問題はない。ここでもう1つ、本稿での最後の推論を述べておく。とりわけRed HatとSuSEは、自ら金を稼ぐ方法を見つけない限り、市場部門で大きな役割を果たすことはないだろうと思われる。これも、そうすること自体に問題はないのだが、そうしたアプローチを取ることでオープンソースの気風とぶつかり合い、結果的に「まるでMicrosoftのようだ」という非難を受けることになりかねない。この緊張状態を1つ屋根の下で解決することはできないだろう。ディストリビューションが最終的な損益に重点をおくようになると、フリーという出自があだになり、強硬派がそのディストリビューションへの反対派になるおそれがある。
もし企業が(楽観的に考えて)少なくともこうした反対を聞き流して金を稼ぐことにし、彼らの無料の開発成果を慈善活動と見なして、商用ソフトウェアにつぎ込んだらどうなるだろうか? 金を稼ぐことで、開発資金を確保できるようになり、そしてその開発は(ごまかしをしない限り)中央のポットに戻ってくるので、結局はオープンソースにとっても得になる。ある程度までは、これは既に行われている。しかし、「私たちが物を売り、彼らが物を無料で作るが、我々は共生しているのでどちらにとっても幸せ」という考え方がもう少し一般的に受け入れられれば、「Microsoft!」と非難されずに前進できるようになるだろう。
我々はインタビューのついでに、Advanced Serverのライセンス契約書に書かれている、「Red Hatは使用者を監査する権利を持つ」という一節についてde Visserに意見しておいた。この話に聞き覚えのある人もいるだろう。この一節が抱えている問題は明白だ。その一節によって得られるメリットはごくわずかであるにもかかわらず、企業イメージに与える副次的ダメージは相当なものである。
Red HatのAdvanced Serverの大口顧客の中には、実際に所有しているライセンス数よりも多くのマシンでAdvanced Serverを使っている企業が少なくない。そのうち1つが故障したときに、実は正規ライセンスが1つしかなかったということがよく発覚する。de Visserは具体的にある顧客を思い浮かべていたようだったが、我々は名前を聞かずにおいた。Red HatはBSAスタイルの早朝奇襲を行う法的権限を持っているが、その顧客がライセンス違反をしていると強く確信していた場合でも、今まで調査を行わなかった。実際のところ、同社はどの顧客に対してもこれまで監査をいっさい行っていない。問題の顧客の場合は、故障したマシンについてのライセンスが剥奪されただけで、後日、その顧客は別の「故障」したマシンを代わりに持ってきた。つまり、結局、この一節は役に立っていないということだ。
我々が思うに、このライセンス契約書の一節は登板機会がほとんどないうえに、明らかに一歩踏み出しすぎている。副次的なダメージを考えてみると、その一節の必要性を唱えつつあなたの弁護も請け負う弁護士たちがそれを削除したがらないのだ、というよくない噂が立つ。しかし、ここでMicrosoft化に関しておもしろい法則がある。ソフトウェアを販売して金を稼ぐ場合には、Microsoft化しないでいるのはおそらく非常に難しいことである。ソフトウェアを販売せず、利益を考えないのであれば、顧客に疑いの目を向ける必要はないだろう。しかし、監査(全コントロール狂の進む道)を行わなければ、どうなるだろうか?
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