私を訴える?訴えるのはあなた?SCO、Linux、そしてUNIX

2003年5月12日、 SCO Linuxとのそれまでの関係を断つべく、Linuxコミュニティ全体を相手に宣戦布告をした。彼らの法的な言い回しを読み解くと、UNIXから盗んだコード、あるいは彼らのSCO UNIXコードをそのまま使って開発されたコードがLinuxに混入しているとの主張があるようだ。「したがって、Linuxの開発プロセスに起因する法的責任はエンド・ユーザにも及ぶ可能性がある」わけで、「音楽業界に習って、我々も知的所有権やその他の権利が侵犯されている現下の状況を差し止めるために必要なあらゆる措置を取る用意がある」というわけである。

3月 、SCO社長兼CEOのDarl McBride氏は、IBMに対する訴訟はLinuxやオープンソースとは何の関係もないと述べたが、この主張はそれを完全に翻すものだ。要するに、SCOはLinux関連企業やユーザを本気で追っかけるつもりなのだ。

Information Week誌のレポート によれば、McBride氏はすぐトーンを弱め、「SCOはLinuxユーザを訴える気なんかないし、企業についてはSCOの知的所有権の要求に自発的に応じてくれることを望んでいる」と言ったそうである。だとすると5月12日の通告書の言いぐさはいったい何だろうか? 法務担当の社内弁護士と Boies Schiller & Flexner法律事務所 がそう指示したからで、「この訴訟で我々は使いっぱしりにすぎない」とでも言うのか。

これを、たいていの人は、違っても問題なければ同じと考えるだろう。McBride氏がユーザの耳に心地よいことを言おうとしている一方で、SCO上席副社長兼SCOsource事業部長のChris Sontag氏は せっせと会見に応じ 、Linux関連企業、特に SuSERed Hat に向けて、次はあなたの番だと言わんばかりにちくちくやっている。とりわけ 力説している点 と言えば、 UnitedLinux の合意があるにもかかわらず、SuSEとの契約を吟味した後で「UNIXに関する我々の知的所有権に対する権利を、いかなる形であれSuSEに与えるものではない」などとのたもうていることだ。

SuSEはユーザにSCOの脅しなど気にするなと言っている。SuSE広報担当副社長のJoseph Eckert氏曰く、「UnitedLinuxコードベースは、SuSE Linux、Turbolinux、Conectiva、SCOが共同で設計・開発したもので、今後もSuSE Linuxが無条件でサポートする。SCOがどんな行動を取ろうが、仮に訴訟という手段に訴えてきたとしても、我々はUnitedLinuxに関してユーザとパートナー企業に約束したことを反故にすることは一切ない。」

Eckert氏はさらに続けて、「SCOの行動は、まったくもって奇妙というほかない。彼らが行った声明について説明を求めたのだが、SCOははっきりした答を返してこない。SuSE Linux製品に具体的に何か未許可のコードが混入しているという事実を我々は承知していないし、またSCOがそれを我々に知らせるために何かしたという事実もない。我々の製品で使われているすべてのコードに関して、オープンソースであろとなかろうと、必要なライセンス契約はきちんと行うというのが基本的な方針であって、その点で我々が手を抜くことはない」と述べている。

お騒がせ屋のSCO

SCOが裁判に勝つなどと思っている人はほとんどいない。ボストンにある知的所有権専門の法律事務所 Bromberg & Sunstein の共同経営者であるTom Carey氏は、この訴訟は法廷に持ち込まれることすらないと予想し、こう述べている。「ハーツをやったことがあれば知っていると思うが、”shooting the moon”という大逆転の役があり、SCOはまさにそれをやろうとしている。この役ができる可能性は非常に小さいのだが、もしもできた場合は見返りも大きく、その影響はIBMにとどまらず、連鎖的にLinuxコミュニティにも及ぶ可能性がある。」

どんな影響か? IDC システムソフトウェア研究担当副社長のDan Kusnetzky氏はこう観る。「普通、FUDと言えば、製品を買わせるために別の製品を引き合いに出すベンダを指す。しかし、最初から通告という手で誰でもかれでも、つまりハードウェアもソフトウェアもユーザも、追い回すベンダというのは聞いたことがない。」

彼が考える結果はこうだ。「米国でのLinuxの採用数は減るだろう。一番で勝つのはMicrosoftか、ひょっとするとIntel版Solarisを持つSun、あるいはBSDコミュニティかもしれない。」いずれにせよ、大損するのはLinuxだ。

Linuxユーザの見方もまったく同じだ。そして激怒している。実際、訴えるなら 訴えてみよ とSCOを挑発する者まで出てきている。

私を訴える?訴えられるのはあなただ!

この点を彼らは見誤っている。あと何日か、あるいは何週間かすると、まいた種を刈らねばならないはずだ。それこそ、あちこちの会社から相次いで訴えられると思う。

私は法律の専門家ではないが、SCOはUnitedLinuxをめぐるビジネスおよびテクノロジパートナーに対して、 彼らが共同で作成したディストリビューション を違法だと告げたわけだ。それが主にSuSE Linuxをベースとし、SCO GermanのLinux開発者たちの並々ならぬ助力によって作られたにもかかわらずである。しかも、その開発者たちはもうSCOからSuSEに移籍しているのだ。その彼らをSCOは法的措置により脅している。彼らの立場で考えたら、訴えるのはこちらだろう。

まだまだある。SCOはRed Hat、 Penguin Computing HP 、Dell、Sun 、そのほか数え切れないほどのLinux関連企業を脅したのだ。この点を考えれば、それらのLinux企業のどれかがSCOを法廷の場に引き出したとしても不思議でない。

そのコードで誰が何を行ったか?

SCOが法的に困難な目に遭う理由はほかにもある。CalderaがUNIXを買い取る以前からSCOは UnixWareにLinux機能を付加 していたのである。

特に、UnixWareの Kernel Personality(LKP) のようなオペレーティング・システム・パッケージでSCO版UNIXにLinux互換機能を付加していた。LKPは UnixWareでLinuxバイナリを実行できるようにする パッケージだ。

SCOは自社のUNIX製品にLinux機能を付加していたわけで、さらに 以前のOpenServer UNIXにもLinux機能の導入 を検討していたのである。SCOの理屈を援用するなら、UNIXにLinuxコードを導入しないでLinux機能を付加することなど本当にできるのか、となる。

歴史を振り返ってみよう。Calderaは2000年8月にSCOを買収するとき、 Unixのオープンソース化 を進めるとほのめかしていた。結局、それは起こらなかったのだが。

しかし、Calderaがやったことは、2001年3月8日付の 白書 に書かれているように、SCOのDean R. Zimmerman氏による「LinuxとUNIXの連携」という新しいうたい文句のもとに、両オペレーティング・システムのよい点を融合しようとしたことなのである。最初のうち、これはオープンソース思想とぴったり一致した。「プログラマにとって、ソース・コードにアクセスできることは何よりの贈り物」だからだ。そして、この点をCalderaは率直にこう表明した。「CalderaはUNIXテクノロジの長所(安定性、スケーラビリティ、セキュリティ、パフォーマンス)をLinuxの長所(インターネットがすぐ使えること、ネットワーク機能、新しいアプリケーションのサポート、新しいハードウェアのサポート)と融合する仕事を開始しました。Calderaのソリューションは、UNIXカーネルにLinux Kernel Personality(LKP)を融合し、ハイエンドのスケーラビリティを実現するのに必要な新たなAPIを提供することです。その結果、UNIXのパフォーマンス、スケーラビリティ、信頼性と業界におけるLinuxパワーを視野に入れたアプリケーション・プラットフォームができあがります。」

これはまさにSCOが訴えている当のIBMのやっていることではないのか? SCOの3月の訴状 にはこう書かれている。「IBMが関わる以前、Linuxはソフトウェアの世界で自転車のような存在で、UNIXは高級車だった。Linuxの品質を企業ユーザの使用に耐えるものとするには、Linuxも高級車となるように設計を見直さねばならない。この設計の見直しを技術面のみならず事業面で現実のものとするには次の要件が満たされる必要がある:(1) 設計の統一性、(2)高度(高額)な設計および試験機器の利用、(3)UNIXのコード、方式、アイデアの利用、(4)UNIXアーキテクチャの知識、(5)財務的な裏付け。」

こうすると言ってきたのはSCOではないのか? どこに違いがあるというのだろう。

コードは誰のもの?

一番最近の経営陣が来る前、SCOがUNIXとLinuxの融合に努力していたことは間違いない。前任のCEO兼共同創設者である Ransom Love氏が会社を去る 以前にSCOが力説していたのは、 オープンソース・コントリビュータとしてLinuxに関わること Linux Standard Base (Linuxのディストリビューションとアプリケーションの仕様を定める作業グループ)の創設メンバとして活動すること、そして言うまでもなく、UnitedLinuxの開発で中心的な役割を果たすことだった。

では、SCOがLinuxとUNIXの両方を育てるとして、 GPL コードを含むようなUNIXは存在できないのだろうか? まだ実証されていないが、もし存在するなら、そのコードは果たしてSCOのプログラマがそこに入れたものと言えるのだろうか? 結局、SCOはどのUNIXコードがLinuxに混入しているか明言することをまだ拒否している。

だが、立場が逆だったらどうか?SCOは自社のUNIXオペレーティング・システムのためにGPLで保護されたLinuxからどれだけのものを借りたのだろう? 少なくとも、UnixWareはLKPでLinuxプログラムをネイティブに動かす能力を与えられていた。

これはGPLの侵犯ではないのか? 私にはわからない。これまでのところ、誰もそれを主張した者はいないからだ。しかし、それもSCOがLinuxはUNIXの知的所有権を使用していると主張する以前の話だ。この厄介な問題の蓋を開けてしまった以上、SCOは結局Linuxの知的所有権を支配するどころか、廃業に追いやられ、UNIXの知的所有権がGPLの下にあることを知る羽目になるのだ。

この記事の出所は Practical Technology です。ここに書かれている意見は著者個人のものであって、NewsForgeのスタッフやOSDNの管理者の考えを反映しているわけではありません。