細胞の核内脂肪滴の形成メカニズムを明らかに

~全身性脂肪萎縮症の原因となるタンパク質セイピンの新たな機能を解明~

順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センターの藤本豊士 特任教授らの研究グループは、名古屋大学、滋賀医科大学との共同研究により、細胞の核内に存在する脂肪滴*1が細胞質内の脂肪滴とは異なるメカニズムで形成されることを明らかにしました。脂肪滴は過剰な脂質を貯蔵するための構造で、通常は細胞質に存在し、その形成にはセイピン*2というタンパク質が重要な働きをします。セイピンの欠損や変異は全身性脂肪萎縮症*3などの疾患を引き起こすことが分かっており、セイピンの機能解明が求められています。今回、研究グループはセイピンが減少すると核内脂肪滴が増加すること、さらにその増加がトリグリセリド*4合成に必要なリピン1*5の発現量の増加とホスファチジン酸*6の核内移行によって起きることを明らかにしました。これらの結果は、核内の脂肪滴が細胞質の脂肪滴とは異なる機序で形成されること、セイピンには核内脂肪滴の形成を抑制する作用があることを明らかにしました。セイピンの新たな機能と核内脂肪滴の形成メカニズムを解明した本論文はJournal of Cell Biology誌のオンライン版に公開されました。

本研究成果のポイント

核内の脂肪滴は細胞質の脂肪滴とは異なるメカニズムで内核膜*7で形成される
細胞質の脂肪滴形成に必要なセイピンの減少により核内の脂肪滴形成は増加する
全身性脂肪萎縮症などの原因となるセイピンの新たな機能を解明

背景
脂肪滴は細胞が過剰な脂質を蓄えるための構造です。脂肪細胞の脂肪滴の存在は古くから知られていましたが、最近の研究によって、脂肪細胞以外の細胞にも脂肪滴が存在することや、脂質貯蔵以外にも様々な機能を持つことが明らかになってきました。また脂肪滴の形成に関わるタンパク質の異常がいろいろな病気の原因となっていることも分かってきました。セイピンはそのようなタンパク質の1つで、脂肪滴の形成において重要なだけでなく、正常な脂肪組織の形成に必須であることが知られています。しかしセイピン分子の機能の詳細はまだよく分かっていません。
一方、脂肪滴の大半は細胞質に存在しますが、核内にも少数の脂肪滴があり、細胞質の脂肪滴とは異なる生理機能を持つと考えられています。しかし核内脂肪滴が形成されるメカニズムについては細胞質脂肪滴以上に不明点が多く残されています。
本研究は、核内脂肪滴はどのようにして作られるのか、細胞質脂肪滴の形成に重要な役割を持つセイピンは核内脂肪滴の形成にどのように関わるかについて解明するために行われました。

内容
脂肪滴の形成には、トリグリセリドなどが合成されることが不可欠です。本研究ではまず、トリグリセリド合成に必要な酵素タンパク質の大多数が、従来から知られていた小胞体*8だけでなく、内核膜にも分布することを明らかにし、脂肪滴を蛍光標識するマーカーを用いて内核膜で脂肪滴が形成される様子を動画撮影することに成功しました。またトリグリセリド合成に必要なタンパク質の1つであるリピン1が細胞質から核内に入り、核内脂肪滴周囲に分布することも分かりました。リピン1はホスファチジン酸をジアシルグリセロール*9に変換する酵素で、ジアシルグリセロールがトリグリセリドになることで脂肪滴が形成されます。
研究グループは次にセイピンの機能について検討し、セイピンは小胞体だけにあり内核膜には存在しないこと、またセイピンの量を減少させると、細胞質脂肪滴に異常が生じると同時に、核内脂肪滴が著しく増加することを見出しました(図1)。そしてその理由として、セイピンが減少することでリピン1の発現増加と核内のホスファチジン酸の増加が起こり、その結果、核内脂肪滴増加が引き起こされることが分かりました。
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これらの結果は次のように解釈することができます。すなわち正常な細胞では小胞体でホスファチジン酸→ジアシルグリセロール→トリグリセリドという反応が進み、細胞質脂肪滴が効率よく形成されます。しかしセイピンがないと上記の反応が滞るため余剰のホスファチジン酸が内核膜に移動し、そこに発現が増えたリピン1が作用することによって、内核膜でのトリグリセリド合成が増加し、核内脂肪滴形成が促進されると考えられます(図2)。このようにして形成された核内脂肪滴は、遺伝子の転写調節など核内で起こる現象に影響し、セイピン欠損細胞に見られる異常の原因になる可能性が推測されます。

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今後の展開
研究グループは核内脂肪滴が形成される仕組みを解明し、セイピンの欠損が核内脂肪滴形成を促進する分子的な機序を明らかにしました。セイピンの欠損は細胞質脂肪滴に異常をもたらすことが知られていますが、今回の結果により、同時に核内脂肪滴を増加させることが分かりました。肝細胞の核内脂肪滴は生体膜脂質の合成調節に重要な役割を果たしますが、それ以外の細胞での核内脂肪滴の機能はまだ明らかになっていません。今回の研究で核内脂肪滴の形成メカニズムが解明されたことにより、細胞質脂肪滴と核内脂肪滴の形成を別々に制御することが可能になります。これにより核内脂肪滴についての研究が進展するだけでなく、セイピンの分子機能の理解が深まり、全身性脂肪萎縮症などセイピンの異常がもたらす疾患の病態解明が進むことが期待されます。

用語解説
*1 脂肪滴: 細胞内に存在する脂肪の塊。過剰な脂質を貯蔵する機能がある。
*2 セイピン (Seipin) : 細胞質の脂肪滴形成において重要な役割を持つタンパク質。このタンパク質の異常は全身性脂肪萎縮性などの疾患を引き起こす。
*3 全身性脂肪萎縮症: 皮下脂肪、内臓脂肪など全身の脂肪組織が萎縮、消失する遺伝性の難病。
*4 トリグリセリド (triglyceride): 脂肪滴に蓄えられる脂肪の主成分。
*5 リピン1 (lipin-1): トリグリセリド合成に必要な酵素のひとつで、ホスファチジン酸をジアシルグリセロールに変換する。
*6 ホスファチジン酸 (phosphatidic acid): トリグリセリド合成経路の中間化合物である脂質。
*7 内核膜: 細胞の核を包む2枚の生体膜のうち、核の内部に面している膜。
*8 小胞体: 細胞内小器官の1つ。細胞質脂肪滴を形成する場となる。
*9 ジアシルグリセロール (diacylglycerol): トリグリセリド合成経路の中間化合物でホスファチジン酸から作られる。

原著論文
本研究はJournal of Cell Biology誌でオンライン公開されました(2020年12月14日付) 。
タイトル: Nuclear lipid droplets form in the inner nuclear membrane in a seipin-independent manner
タイトル(日本語訳): 核内脂肪滴は内核膜でセイピン非依存性に形成される
著者: Kamil Soltysik1, Yuki Ohsaki1, Tsuyako Tatematsu1, Jinglei Cheng1, Asami Maeda2, Shin-ya Morita3, and Toyoshi Fujimoto2
著者(日本語表記): ソウティシク カミル1)、大崎雄樹1)、立松律弥子1)、程晶磊1)、前田亜沙実2)、森田真也3)、藤本豊士*2) [*:責任著者]
著者所属:1) 名古屋大学医学系研究科 分子細胞学分野、2) 順天堂大学医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センター 分子細胞学分野、3) 滋賀医科大学附属病院 薬剤部
DOI: 10.1083/jcb.202005026

本研究はJSPS科研費JP15H05902, JP16H06280, JP18H04023, JP18K06829の支援を受けて実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。

リリース詳細
提供元: PR TIMES