マメ科植物と共生する根粒菌の多様性を解明 -持続可能な農業への応用に期待-

【発表のポイント】
・日本各地に生育するマメ科植物ミヤコグサは自然環境下で多様な根粒菌と共生することを発見
・自然環境下の植物について多地域の共生菌を網羅的に調べた世界的にも数少ない報告
・マメ科農作物の生育を促す根粒菌を作出するための重要な手がかりとなる
・DNA解析により,共生関連遺伝子が異なる種の間で伝播した可能性が示唆された

千葉大学大学院理学研究院・土松隆志准教授,同大学院融合理工学府・番場大大学院生らの研究グループは,自然環境下でマメ科植物ミヤコグサと共生する根粒菌(※1)のDNAを解析したところ,ミヤコグサは多様な種類の根粒菌と共生し,かつこれらの根粒菌は共生に必要な「鍵」遺伝子を遺伝子水平伝播(※2)により獲得した可能性があることがわかりました。自然環境下の植物について多数地域の共生根粒菌を網羅的に調べた研究例は世界的にも数少なく,今回見つかった多様な菌系統は,マメ科農作物の生育を促すため,根粒菌を作出する重要な遺伝資源となります。
本研究成果は,アメリカ植物病理学会が出版する学術雑誌Molecular Plant-Microbe Interactions誌に掲載されました(オンライン版:7月19日公開)。

研究の背景

太古よりマメ科植物は世界中で農作物として利用されており,日本においても縄文~弥生時代よりダイズやアズキが栽培されていたことが知られています。 マメ科植物が古くからよく利用されていた理由のひとつに,共生する「根粒菌」から栄養を得られるため,痩せた土地でも旺盛に生育できるという点が挙げられます。根粒菌とは土壌細菌の種類のひとつで,多くのマメ科植物が根に形成する粒状の特殊な器官「根粒」の中に大量に含まれています。(図1)。根粒菌は大気中の窒素をアンモニアに変換(窒素固定)して植物に栄養を供給する一方,その報酬として光合成産物を植物から得て,土壌中にいるときに比べて圧倒的に増殖できるようになるなど,この共生関係は両者が利益を与え合う Win-Win の関係になっています。
マメ科植物と根粒菌の共生関係には,互いに特定の種のグループとしか共生関係を結べないという特異性があると言われています。例えば,ダイズはBradyrhizobium属に属するダイズ根粒菌と共生しますが,エンドウやインゲンマメはRhizobium属の根粒菌と共生し,ダイズ根粒菌とは共生しません。しかしこれまでの研究では,自然環境下において,ある1つの植物種が実際にどれくらい多様な根粒菌と共生しているのか? また,根粒菌はどのようにして植物との共生関係を築いてきたのか? といった問題は未解明のままでした。

研究手法と成果

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本研究では,1種あたりのマメ科の野生植物がどのような根粒菌と共生するのか,その共生関係に関わる遺伝子が根粒菌のなかでどのように進化してきたのかを明らかにするために,日本各地に生育するマメ科のミヤコグサ(Lotus japonicus;図1)が自然環境下で共生している根粒菌を調査しました。ミヤコグサは道端や砂浜などにふつうに生える身近な多年草で,ゲノム解読や遺伝子導入技術なども整ったマメ科のモデル植物です。

調査は宮古島から北海道にかけて14 地点で行われ,各地でミヤコグサと共生している根粒菌計106 株を採取しました。採取された根粒菌のDNA を抽出し,まず細胞の維持や増殖に不可欠なハウスキーピング遺伝子(※3)のうち3つを選びその塩基配列を解析することで,採取した106株の根粒菌がそれぞれどのような種類かを調べました。すると,すべてMesorhizobium属という細菌の大きなグループに属していたものの,10種以上のさまざまな根粒菌種の配列が含まれ,植物1種に対して共生する根粒菌は非常に多様であることがわかりました。
根粒菌はNodファクター(※4)と呼ばれる化合物を土壌中に放出し,植物側がNFRと呼ばれる受容体(※5)でこの分子を受け取ることで,根粒共生を開始させることが知られています(図2)。Nodファクターは根粒菌ごとに異なり,この分子がいわば共生関係の「鍵」の役割を果たしていると言われています。Nodファクターの合成や修飾等に関わる遺伝子群(共生関連遺伝子)についても同様に,採取した根粒菌の塩基配列を調べてみました。すると,これらの遺伝子については採取した根粒菌間で配列が極端に似通っており,さきほどのハウスキーピン
グ遺伝子に比べて多様性が極めて低いことが明らかになりました(図3)。
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このような違いが生じる原因として,共生関連遺伝子の水平伝播が考えられます。日本各地の多様なMesorhizobium属根粒菌に,特定の共生関連遺伝子が広まったというものです(図4)。

ハウスキーピング遺伝子と比べたときの共生関連遺伝子群の多様性は極めて低いという結果は,水平伝播が比較的最近に起き,ミヤコグサに共生する根粒菌に広まったことを示しています。
近年のDNA解析により,ミヤコグサは最近(数万年程度前)にユーラシア大陸より移入し,日本列島で急速に集団を拡大したと推定されています。 Mesorhizobium属根粒菌は土壌中で自由生活もできますが,新しく日本に移入してきたミヤコグサと共生できるよう,日本土着のMesorhizobium属根粒菌がミヤコグサとの共生の「鍵」となる共生関連遺伝子群を水平伝播により獲得したという可能性が考えられます(図5)。

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(※1)根粒菌
プロテオバクテリア門に属する土壌細菌の中で,植物の根に粒状の器官(根粒)を形成させる細菌の総称。 マメ科植物ではおよそ70%が根粒を形成する。 根粒菌は根粒内で大気中の窒素をアンモニアに変換し植物に供給する一方,植物は光合成産物を根粒菌に与える。
(※2)遺伝子水平伝播
異なる種や生物の間で生じる遺伝子の伝達現象。 一般的に真核生物の遺伝子は,親から子へと受け継がれる(垂直伝播)。 しかし,細菌やウィルスなどでは頻繁に他の種と遺伝子を交換している。
(※3)ハウスキーピング遺伝子
細菌ではほぼすべての種が一連のハウスキーピング遺伝子セットを持っているため,細菌種の同定や系統関係の推定に使用される。
(※4)Nod ファクター
根粒菌がマメ科植物との共生を開始する最初期に菌体外に放出するリポキチンオリゴ糖。 植物に認識されるNodファクターの化学構造が植物種ごとに異なるため,植物と根粒菌の特異的な相互認識の基盤となる(図2)。
(※5)Nod ファクター受容体(Nod factor receptors : NFRs)
植物の根の細胞膜に局在するNodファクターを認識するタンパク質。NFRの受容体ドメイン(LysMドメイン)のアミノ酸配列が植物種ごとに異なっており,植物種特異的なNodファクターを認識できるようになっている。

研究の意義

マメ科植物に共生する根粒菌の遺伝子配列解析や,水平伝播の研究は以前から行われており,実際にミヤコグサでは,Mesorhizobium japonicumという種と共生することは古くから知られていました。しかしながら,自然環境下の植物について,多数の地域のサンプルを集めて共生根粒菌を網羅的に調べた研究例は数少なく,今回の解析からこのように植物1種に対して多数種の細菌が共生する実態を明らかにすることができました。
本研究のハウスキーピング遺伝子の解析から根粒菌の多様性を明らかにできたことで,応用的な展開も期待されます。見つかった多様なMesorhizobium属根粒菌は,そのDNA配列が大きく異なることから,これらの根粒菌系統は窒素固定の効率など,植物の生育に与える効果も異なることが予想されます。今後, 根粒菌系統をさらに詳しく比較解析して,マメ科農作物の生育により適した根粒菌を作出することができれば,化学肥料に頼らないクリーンで持続可能な農業の実現につながることが期待できます。

論文情報等

【発表者】
番場 大(千葉大学 大学院融合理工学府 先進理化学専攻 博士課程3年)
青木 誠志郎(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員)
梶田 忠(琉球大学 熱帯生物圏研究センター 教授)
瀬戸口 浩彰(京都大学 大学院人間・環境学研究科 教授)
綿野 泰行(千葉大学 大学院理学研究院 生物学研究部門 教授)
佐藤 修正(東北大学 大学院生命科学研究科 准教授)
土松 隆志(千葉大学 大学院理学研究院 生物学研究部門 准教授)

【研究プロジェクト】
本研究は,科学研究費補助金新学術領域研究「植物新種誕生の原理」,住友財団基礎科学研究助成,千葉大学戦略的重点強化プログラム「ファイトケミカル植物分子科学」等の支援を受けて行われました。

【論文タイトルと著者】
雑誌名:Molecular Plant-Microbe Interactions(7 月19 日)
論文タイトル:Exploring genetic diversity and signatures of horizontal gene transfer in nodule bacteria
associated with Lotus japonicus in natural environments
著者:Masaru Bamba*, Seishiro Aoki, Tadashi Kajita, Hiroaki Setoguchi, Yasuyuki Watano, Shusei
Sato, and Takashi Tsuchimatsu*(*責任著者)
DOI 番号:10.1094/MPMI-02-19-0039-R
アブストラクトURL:https://apsjournals.apsnet.org/doi/10.1094/MPMI-02-19-0039-R

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提供元: PR TIMES