利益の出るビジネスモデルにオープンソースコミュニティをオープンする
当該論文「Innovation Through Optimal Licensing in Free Markets and Free Software(自由市場とフリーソフトウェア:最適ライセンスによる技術革新)」は、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院の博士課程に在籍するMarshall Van Alstyneと、ニューオーリンズのチュレーン大学で「情報と経営管理」を教えているGeoffrey Parker準教授の2人によって書かれたもので、フリー/オープンソフトウェアライセンスとプロプライエタリライセンスとを比較している。オープンソースコミュニティの福祉と、成功している企業の利潤動機との間にバランスを保てるモデルはないか――2人の論文はその点を経済分析によって追究し、理論化している。
論文は、現在、レビュー中であり、必要な修正を加えたのち発表される。執筆者2人は、今後数か月のうちに同モデルのコンピュータシミュレーションを完成させたいとも考えていて、これが完成すれば、このモデルのもつメリットが、企業や個人開発者を含め誰の目にも明らかになるだろう、と言っている。目指しているものは、オープンソースコミュニティがここ数十年間実践してきた開発活動を維持しつつ、その活動を収入面で支えるようなビジネスモデルである。このモデルを実地に生かすためのソフトウェアライセンスも、いま執筆中だという。
執筆者の1人Van Alstyneは、オープンソースコミュニティで戦わされている「いくつかの論争を見て、その元気のなさ」が気になり、そこからこの論文と、そこで展開されている経済モデルを思いついた。問題は、技術革新を絶やさず、オープンソースの活力を維持することだが、この点については従来から2つの立場がある。一方はオープンと分散を強調する立場であり、その2点で技術革新に弾みをつけていこうと主張する。もう一方は、BSDライセンスを念頭に置いている陣営で、革新継続のためには開発者も食べていかなければならない、と指摘する。
「私たちがやろうとしたのは、対立する2つの陣営を1つにまとめ、それぞれの主張の境界線がどこにあるのかを見極めることでした」とVan Alstyneは言う。「幅広いアクセスに応えながら、ある程度はインセンティブにも配慮した技術革新モデルはないか。両方をともに取り込む方法はないのか。それができないと、なかなか先へは進めませんから」
標題に反するようだが、この論文の目的は、その2つの立場のバランスを保つ理想的なライセンスを具体的に示すことではない。執筆者2人の狙いは、あくまでも両面性ネットワーク効果理論を発展させた数学的モデルを作ることである。「意思決定者による制御が可能な生産関数を取り込むことで、技術革新を促進できないか」に2人の関心がある。
オープンソースソフトウェアコミュニティは、昔から相反する2つの問題を抱えている。1つは、フリーでオープンなコミュニティを維持することであり、もう1つは人間と企業が収入を得ることである。論文では、この問題が2つの概念として呈示される。狙いは、オープンソース企業が長期的に収入を得られるようなモデルを示すこと、そして、プロプライエタリ企業に対しては、開発ベースの公開が利益になりうると示すことだ、とVan Alstyneは言う。
オープンソースコミュニティの大部分は個々のプロジェクトからなっていて、それを推進する開発者は金銭的利益をほとんど――あるいはまったく――得ていない。まれに、オープンソースソフトウェアと、機能を強化したそれのプロプライエタリ版、そしてサポートサービスと、3つのものの販売に程よいバランスを見出している企業もあるが、オープンソースソフトウェア企業を名乗りながら、社員に本格的に給料を払い、本格的な利益を上げているところはほとんどない。
論文では、3段階からなるリリースサイクルが紹介されている。そこでは、開発者と消費者がソフトウェアの特定バージョンに対して、ある定められた期間だけ使用料を払う。この場合、フリーでオープンなソフトウェアをいつ完全リリースするかが最大のポイントになる。プロプライエタリ期間が短すぎると、消費者はそれがフリーになるまで待とうとするし、長すぎると最初からそっぽを向く。
Van Alstyneが考えているのは、技術革新による開発の進展を前提としたロイヤルティシステムである。つまり、開発者は最初の技術革新にロイヤルティを支払いながら、新たに自分自身の技術革新を3段階リリースサイクルに組み入れていく。たとえば、開発元の企業なりプロジェクトなりにロイヤルティを支払いながら、アプリケーションを改善し、その改善結果を自分でも販売する。これなら、ユーザを含む全員が技術革新の恩恵にあずかれる。
Van AlstyneとParkerのモデルは、2つの部分からなっている。前半は開発企業または個人開発者によるアプリケーションの作成であり、後半はその作成者による初期バージョン全体(あらゆる関数、ファイル、ソースコード)の販売である。アプリケーションを買う客は、それを使用する権利とともに、改善して再配布する権利も得るが、その製品に対して自分が加えた改善を販売するときは、最初の開発者にロイヤルティを支払わなければならない。その期間の長さはアプリケーションのリリース時に明示される。おそらく、数か月から、長くても2年程度に設定されるだろう。
Van Alstyneはこれを特許権の保護期間と比較する。自分の経済モデルと特許制度との間に類似性はないと強調しながら、それでもこの比較には意味があると言う。つまり、特許権が失効すると、保護されていた特許内容は公開され、個人や法人を問わず誰でもそれを使用できるようになる。ソフトウェアでも、アプリケーションライセンスに定める期間が経過すれば、すべてのコンポーネントが完全にフリーになり、オープンソースになる。
いま、あるソフトウェア企業が、論文の説く経済モデルに従ってアプリケーションのソースコードや秘密を公開すると仮定してみよう。Van Alstyneはその企業の行動を、Nintendo、Microsoft、Sonyなどのゲームコンソールベンダと比較してみせる。これらのハードウェアベンダの周囲には、そのコンソール用にゲームを開発する企業があって、ゲームコンソール上に何かを作り出す権利をもらう代りにロイヤルティを支払う。ソフトウェアへのアクセスを許可して料金をとるソフトウェア会社の行動も、そうしたハードウェアベンダの行動によく似ている。そこで期待されているのは、もちろん、参加した開発者による技術革新が製品の改良につながり、世間の注目度が高まることである。
企業が自社製品とともに、その製品の背後にある秘密までも公開することが利益になる。そうなると、当然、もっと改良され、もっと性能のすぐれた製品がほかから販売されるはずである。ここで顧客には選択の自由が生まれる。フリー版の使用・改良・再配布を選択するか、それとももっと新しい版を買って、同じことを行うか。このサイクルにより、開発者には継続的なキャッシュフローがもたらされる、とVan Alstyneは言う。
このモデルにはオープンソースの思想とプロプライエタリの利潤動機が混在し、2つの陣営のどちらにも、他陣営の考え方のメリットが見えてくる。「自分が業界にどれほどの価値を付加したか、その価値のどれだけを自分の取り分にするか、という2つの問いの間には、見事なトレードオフ関係が成立します」とVan Alstyneは言う。
「得られる利益は、業界全体に付加された価値の大きさと、自分の取り分の大きさの関数として決まります。したがって、標準なり資料なり事物なりがふんだんに提供されていて、それをみなが自由に使えれば、アクセスはオープンになって、恩恵は業界全体に及びます。一方、反対の極にあるプロプライエタリの世界では、個人の価値の取り分は大きくなるでしょうが、業界全体に付加される価値はずっと小さくなって、成長もあまり期待できません」
オープンソースにビジネスモデルを持ち込むことの意義は、技術革新への経済的誘因を開発プロセスに組み込むことだ、と論文は主張する。その開発プロセスは、ある開発者が他人のやったオープンソース開発を取り入れ、それに何かを付加していくことで成立する。それが起こらなければ、純粋にオープンソースでフリーな立場を守る開発者へのロイヤルティは発生せず、開発への経済的誘因も存在しない。
オープンソースコミュニティの多くのメンバーにとって、コミュニティの福祉と成長が何よりも大切であり、個人がソフトウェア開発をつづけるための経済的条件は二の次である。Van Alstyneもそれはよく認識している。確かに、仕事と無関係のプロジェクトに参加しようという開発者の多くは、やりたいからやっている人々である。だが、一方で、費やす時間への埋め合わせがないと参加できない――あればもっと参加できる――という人々も存在する。論文が提案しているモデルは、この状況を解決しようとする。
「このモデルは、開発者コミュニティに生計を立てるための仕組みを提供しますし、利潤動機で動く開発者にとっても、活動への誘因となります」とVan Alstyneは言う。
論文の説くモデルはほぼ経済理論に立脚していて、市場で観察したことをそこにいくつか取り入れたにすぎない、とVan Alstyneは言う。だが、使われている数学と呈示されているモデル、そしてそのモデルの有効性を検証するためのソフトウェアの背後には、資金問題を解決できる可能性――より多くのプロジェクトでより多くの技術革新が起こる可能性――があることを示して、オープンソースコミュニティの目を見開かせたいという意欲がある。論文が展開する理論では、さまざまな立場の人々からキャッシュフローが起こり、技術革新が発生し、多くが経済的恩恵を受ける。コミュニティ自身にも、オープンソースプロジェクトへの参加者が増えるというメリットがある。
このモデルがコミュニティにすぐに受け入れられるとは期待していない、とVan Alstyneは言う。「どちらかと言えば、大学の研究者や経済学者向けに書かれたものですから。まずはしっかりした理論であることを証明してもらって、もっと広い討論の場に持ち出したいですね。すべてはそれからです」予定されているコンピュータモデルが完成すれば、いい考えであることが企業にも個人にもわかってもらえるはずだ、とつづける。 ライセンスの作成作業も進んでいる。コンピュータモデル上の一般ビジネスフレームワークの中で、さまざまなライセンス形式をテストしながら完成させていくことになる。少なくともBSDライセンスとGPLライセンスを強く意識したものになるだろう、とは論文にも書かれ、Van Alstyneも言っている。