MGM対Grokster裁判の判決はこの世の終わりではない

MGM対Groksterの裁判で下された米国最高裁の判決は、オープン・ソフトウェア、技術の発展、ピアツーピアのファイル共有の世界にとって、この世の終わりを示すものではない。にもかかわらず、この裁判をめぐっては、おびただしい数の誤った情報が伝えられた。その1つが、Cameron Sturdevant氏による記事だ。

eWeekの記事で、Sturdevant氏は次のように述べている。「MGM対Groksterの訴訟を受けて、映画業界や音楽業界は、著作権の範囲を広げようと躍起になるであろう。そして、それが現実になった場合には、ピアツーピアのファイル共有ソフトウェアの発展にこの判決が恐るべき影響をもたらし得ることは想像に難くない(この判決では、著作権を侵害しているソフトウェアと、そのソフトウェアが動作するハードウェアの間に、明確な一線を引いていない)。たとえばこんなケースはどうだろう。ある巨大企業のファイル・サーバがウイルスに感染し、その結果として、このファイル・サーバが著作権侵害に加担する事態になったとする。その場合に、犠牲になったこのサーバが著作権保持者(今回の判決で言えばMGM)によって停止に追い込まれたりしないのだろうか」

そもそも、MGM対Groksterの訴訟は、著作物の不正入手という具体的な問題をめぐってのものである。確かに、人によっては、自分が所有する物は他人と共有できてしかるべきと思っており、そうする権利があると思っている。そして確かに、フリー・ソフトウェアやオープン・ソフトウェアなどの場合には、そうすることが認められており、かつ奨励されている。だが、著作物の話はその範疇に入るものではなく、それは誰でも知っていることだ。

最高裁の意見には、米国が警察国家への道を歩んでいるのではないかとの懸念を払拭する、いくつかの重要なポイントが含まれている。たとえば、裁判所の意見を記述したSouter裁判官は次のように述べている。「GroksterおよびStreamCastは、大半のダウンロードについて侵害を認めており、両社は、ユーザが自社のソフトウェアを著作権で保護されたファイルのダウンロードに主に使用していると認識していた。そのことに議論の余地はない」

その後で、さらに次のように述べている。「…GroksterおよびStreamCastがフリー・ソフトウェアの配布を始めた時点から、利用者がこのソフトウェアを使用して著作権で保護された成果物をダウンロードするという目的を両社が明言していたこと、および、侵害を奨励する行為を両社が積極的に行ったことを示す証拠が、記録に多数残っている」

だが最高裁は、過失を認定すると同時に、技術革新を阻害する可能性についても認識している。Souter裁判官は、「…違法な使用の可能性に基づいて、侵害者当人のみならずソフトウェアの配布者にも責任を負わせることにより、有益な技術の発展を妨げるとの懸念」について言及している。

最高裁にとっては、著作物の違法使用を可能にした者に不利な判決を下すというのが唯一の選択肢だった。Souter裁判官は次のように述べている。「広く共有されているサービスまたは製品が、侵害行為を目的として使用されているときには、保護されている成果物の権利を直接の侵害者すべてに対して効果的に行使することは不可能な場合があり、現実的な唯一の代替策は、その複製手段の配布者に対して、寄与侵害論または代位侵害論に基づいて二次的な責任を求めることである」

となると、SonyとUniversal City Studiosが争った有名な裁判はどうなるのだろうか。ビデオレコーダは著作物の違法コピーに使用され得るとの根拠で、Universalがビデオレコーダの販売を阻止しようとし、米国最高裁がSony勝訴の判決を下した裁判である。Souter裁判官はこう述べている。「…侵害のための使用を奨励するという意図を明言または示唆した証拠がなかったため、責任を問うための根拠として唯一考えられたのは、侵害に使用する人もいるということを知りながらビデオレコーダを消費者に販売したことに伴う寄与侵害論である。しかし、ビデオレコーダは、商業的に重要な非侵害的使用も可能であることから、その配布という根拠のみでメーカーの責任を問うことはできないとの判決に至った」

さらに、Souter裁判官は次のように述べている。ここはきわめて重要な部分である。「…つまるところ、侵害以外に何ら有用性のない物品については、それを許可なく利用可能とすることに合法的な公益は存在せず、侵害の意図を推定または帰することは不当ではない。逆に言えば、違法な使用のみならず相当の合法的使用が可能な物品の、どちらにも解釈可能な販売行為については、その責任は問われず、製品の一部が不正使用されることを単に理解しているという以上の重大な過失がある場合にのみ責任を負うのが原則である(根拠となる判例は省略)。これにより、技術革新や活発な商行為の余地は残される」

今回の裁判と、Sony対Universalの裁判との違いは、侵害を奨励したかどうかという点から生じた。Souter裁判官はこう述べている。「侵害的使用についての宣伝や、侵害的使用に関与する方法の教示など、直接的な侵害を奨励する積極的行為を行ったという証拠は、この製品が侵害に使用されることに対する是認の意図を示すものである。この法では、合法的使用にも適した商用製品を被告が販売しているだけであればその責任は問われないが、侵害が奨励されていたと示されていることによりそれは打ち消される」

技術の発展を阻害しないようにという最高裁の希望を念押しするように、Souter裁判官はこう述べている。「…侵害の可能性があること、または実際に侵害的使用がなされていることを配布者が知っているだけでは、その責任を問うのに十分ではない。また、顧客に対する技術サポートや製品アップデートの提供など、製品の配布に付随する通常の行為も、それ自体は責任を問われるものではない。一方、誘因準則は、意図的かつ過失的な表現および行為を前提としたものであり、したがって、適法な商行為を脅かしたり、合法的な前途ある技術革新を妨げたりするものではない」

最後に、MGMに対する最高裁の評決として、Souter裁判官は次のように述べている。「本裁判におけるMGMの証拠は、別の使用方法が可能な製品の配布に対する責任について、異なる根拠を最も明白に取り上げている。ここでは、配布者の言動の証拠は、単なる配布を越えて、第三者による著作権侵害を引き起こし、そこから利益を得るという意図を示している。侵害誘発の責任が最終的に認定される場合には、過失の推定または帰属を根拠とするのではなく、目的が何であったかを示す表現および行為による明白な違法目的の推量を根拠とする」

最高裁のこの判決のおかげで、ピアツーピアのファイル共有やオープン・ソフトウェア、フリーで配布されるソフトウェアに脅威がもたらされたり、一部の不正行為によって企業に脅威がもたらされたりするというのは、いったいどこでどのようにそうなるのか、おわかりの人はぜひ教えていただきたい。

原文