LindowsOSへの小さな期待と大きな不安

私は8月29日の夕刻、秋葉原のソフマップ一号店の店頭に1時間 立っていた。既に電撃ネットワークの南部虎弾氏は去り、通行人が溢れる その1時間で山積みとなっていたLindowsOS4.0日本語版のパッケージに 手に触れようとしたのは3人だけだった。

なにかとお騒がせな Lindows.comと同社CEOのMichael Robertson氏が 手掛けているLindowsOSであるが、これまで私はさほど大きな興味を 持っていなかった。ただ、 エッジが日本国内での独占販売権を取得し、 その瞬間から既存のLinux業界が進めてきたモデルとは全く異なる マーケティングキャンペーンが日本国内で始まるにつれ、微々たる期待と 大いなる不安が渦巻くようになってきたのである。

そこで、今まで私が知り得たLindowsOSに関する情報をまとめ、この不安が どこから発生するものなのか考えてみることにした。多くのメディアで 無条件な賛美がされる中、LindowsOSに対する理解の一助となればと思う。

LindowsOSというOSとその歴史

Lindows.comの歴史は浅い。2001年の末に突如としてMP3.comの創立者である Michael Robertson氏が設立し、それから間もない2001年11月に「Lindows」 という名称の使用差止請求の訴訟をMicrosoftに起こされ、小売製品を出さずして 一躍有名になった。

肝心のLindowsOSは2002年になってからプレビュー版が発表され、小売製品 として正式に販売されたのは2002年の12月に発売されたLindowsOS 3.0が 最初である。現在のバージョンは今年の6月に発売されたLindowsOS 4.0で あるが、3.0からはさほど大きな変化はない。

当初のLindowsOSは、MS Officeといった Windows用のアプリケーションをLinux上で実行させること をLindowsOSのウリとしており、 CodeWeavers社のWindowsエミュレータ「 Wine」 の技術とCorelのLinux部隊を 引き継いだ Xandros社のOS(Debian GNU/Linuxベース)を組み合わせたもの だった。2002年の中頃にはソフトウェアの自動アップデートサービスで あるClick-N-Runが追加され、LindowsOS 3.0発売時にはWineによるWindows アプリを動作させるというウリは全くアピールされなくなり、Click-N-Runが ほぼ唯一のウリとなるポイントとなった。

ここで注意しなければいけないのは、LindowsOSはWindowsの代替でWindows アプリを動作させる新OSではなく、Linuxそのものだということである。 最初の路線は捨てたのはCodeWeavers社のWineの技術に限界を感じたことが 一説と言われることが あるが、その真意はおいとくとして、既にCodeWeavers社と密接に関係している わけではないということだろう。実際に現在のLindowsOSにはWineは採用されて いないし、インストールすることができるが動作のサポートはされていない。 CodeWeavers社はMS Office、Lotus Notes、 Adobe Photoshopを サポート対象にしてWineをチューンした「 Crossover Office」 を販売しているが、Xandros社のDesktop LinuxではこのCrossover Office等 が含まれ、まさにそれがウリとなっている。 XandrosはCorelの時代からWineに寄与してきたので これはごく自然な流れであるのだが、つまりLindowsOSが元々ウリにしていた 部分は他のベンダーが強みを発揮しているということである。ちなみに、 SuSEのSuSE Linux Office DesktopにもCrossover Officeが採用されている。

また、LindowsOSの元々の基盤は、 Xandors社の(元々はCorel Linux 3.0を起源とする)DebianベースOSである。 プレビュー版の時代にはそのように報道もされていた。 以下はDistroWatchのXandrosとLindowsOSの情報ページへのリンクである。

Xandros Desktop OS
LindowsOS

この両者を見比べれば、多くの共通点を発見できるはずだ。当然だが両者は Debianベースであり、KDEを標準デスクトップとして、ファイルシステムは ReiserFSを採用している。 細かなバージョンまで共通点があることから、少なくともLindows3.0の直前 ぐらいまではXandrosからのOS供給があったのだと推測できる。また、両者 とも新旧のバージョンが入り混じっているので分かりにくいが、 微妙なバージョンの古さからwoodyをベースに多少のupdateを加えた Debian GNU/Linuxそのものであることが推測できる。

つまり、LindowsOSは単なるDebianである。

Click-N-Runがウリだとはいっても、これがDebianとaptの技術の上に 成り立った”皮”である以上は、これだけではさすがにWindowsの代替となる 革新的な新OSというLindowsOSのキャッチコピーには無理があるだろう。 1000を越えるソフトウェアが無制限に利用できるとは言っても、それは WindowsではOSが一つのソフトウェアと数えるのに対して、LindowsOSでは Debianパッケージの単位で数えているだけに過ぎないのであまり意味がない。 ひょっとしたらDebianのことを讃えてのキャッチコピーなのかもしれないが、 Lindows.com(そしてエッジ)は極力DebianとLinuxという単語を避けるように しているように見えるので、この考えは正しくないだろう。また、 LindowsOSで新たにパッケージをアップデート したと思われる部分については、DistroWatchとLindows.comのClick-N-Run のページをちらちらと見る限りは場当たり的なバージョンアップが 見られるので、Debianに精通した技術者を抱えていないのではないかとも 思われる。DebianベースであればDebianの開発に関わっていないと開発、 サポート、保守で大変になると思われるのだが、実際にDebianベースで あるにも関わらず、Debian関係の開発コミュニティでLindows関係者を見る ことはまずほとんどない。

Lindows.comの戦略と圧轢

Lindows.comの戦略は自社の技術というよりもマーケティングに重きを 置いている。オープンソース企業の多くは多かれ少なかれ開発コミュニティ から何らかのメリットを享受しているが、Lindows.comの場合は 特にフリーライダー的要素が強い と言っていいだろう。これは良い悪いの問題 ではなく、実際にそのようなビジネスモデルだということである。それで ビジネスが成り立つなら、それはそれで良いことだ。

これだけならLindows.comはよくいるフリーライダータイプの Linux/オープンソース企業であるが、Lindows.comの場合は徹底した マーケティング戦略を展開しているところは注目すべきところもある。

彼らの初期のスタンスは先にも書いたように、Wineを使ってWindows OSが なくともOfficeアプリが使えるというものだった。今はそうではなく、 LindowsOSに搭載されているOpenOffice等の(Windowsから見れば)代替アプリで Windows上での作業は全て LindowsOSで行え、そして最新版のソフトにいつでもアップデート可能という ことに変化している。その一連の変化の中で一貫しているのは、 Microsoft Windowsを常に意識しているということである。今の戦略は Windows PCを買わずとも、もっと安価なLindowsOS PCを買っても全く 同じことができるというわけだが、実際にWal-Martで300ドルでLindowsPCが 買えるというのは(中身が追い付いているかは別として)実に素晴らしいことだ。 Lindows.comは現状のLinuxビジネスの主流であるエンタープライズよりも むしろコンシューマー相手にビジネスを展開し、直接的にMicrosoftから OSシェアを奪おうという姿勢は、それなりにLinux支持者的には好感を持てる だろう。

だが、Lindows.comへは肝心のLinux/オープンソース支持者からあまり良い 評判を得ていないのも事実である。

製品を出すまではソースコードを公開しないという方針が 非難の対象となったこともあったが、 もっとも 象徴的な出来事は今年の2月に起こった。 2月20-21日にLindowsの主催で「Desktop Linux Summit」というイベント が開催されたのだが、そこで主催社であるLindows.comがベンダー中立 であるイベントの性質を無視する形で、カンファレンスのAdvisory boardが 決定したオープンソース・エバンジェリストのBruce Perens氏による 基調講演をLindows.comのCEOであるMichael Robertson氏に差し替えたという 騒動があった。それが発端となり、Bruce Perens氏がイベントから手を引き、 さらにデスクトップLinux関連ニュースサイト「DesktopLinux.com」、 Hewlett-Packard、Sun Microsystemsなどの企業も相次いで手を引いた。 それに続いて、Lindows.comの行為に対抗することも一つの要因となり、 2月4日に主要なデスクトップLinuxベンダーが中心となって デスクトップPC用Linuxの推進団体「 Desktop Linux Consortium」が 設立された。この組織は、Lindows.comと関係がある(あった)はずの Xandros、CodeWeaversに加え、SuSE、MandrakeSoft、 Lycoris、XimianといったベンダーとOpenOffice.org、KDE、Debian、 Samba.orgなどの組織が加わっている。単なるでしゃばりが原因で出る杭が 打たれたというのならまだ良いが、背景にはLindows.comのビジネス戦略 に対する根深い懐疑的な見方が原因であると見られている。原因は何であれ、 この件で表面化したのは、競合関係になるようなLinuxベンダーだけでなく、 協力を仰がなければいけないはずのLindowsOSの根幹を支えている開発 コミュニティからも良い見方をされていないということである。

彼らが「Windowsに対抗できる新OSであるLindowsOS」という旗印を 掲げている以上は、開発コミュニティとの関係はないように見せかける ほうが自社の存在を際だたせるためにいう見方もできないことはないが、 LindowsOSはやはりDebianであることには変わりはない。コミュニティが 果たしている開発、サポート、保守の部分をLindows.comが全てできるの ならよいが、現状を見る限りはかなり無理がある。

デスクトップLinux OSとしては、もちろん先に書いたXandros Desktopも それなりの評判を得ているし、SuSE、Red Hatといった大手も存在する。 また、LindowsOSの路線に似た「 Lycoris」という ディストリビューションも 存在する。同じようにWal-Martでプリインストール300ドルPCが売られ、 Click-N-Runと同じようなサービスが、ソフトウェアのサポート付きで 受けられる。また、ビジネスソフトやゲームといった括りでソフトウェアを 集めたパッケージも用意されている。LindowsOSよりもコンシューマー相手 には利点が多い。

この状況を考えると、Lindows.comのビジネスはとにかく「Windows対抗!」 という声を上げ続けないと、特色を見出せないように思える。 技術は後からついてくるとも言えるが、今後どこまで頑張れるのかはよく 分からない。

LindowsOS 4.0日本語版

やっと日本語版の話となるが、私がLindowsOSに大きな関心を寄せるように なったのは、この日本語版をエッジが独占販売するというニュースから である。

そもそもDebianそのものであるLindowsOSは、当然のように”英語版?”でも 日本語を使用できる。ユニバーサルOSを自負(自称?)しているDebianでは 各国語版という概念は存在しない。 Lindows.comで cannaを検索してみよう。Linuxユーザであれば馴染み深いCanna、Emacs、 vim、kinput2等が引っかかってくるだろう。つまり、適切にセットアップ することができれば、LindowsOSに対しても日本語版というものは意味がない。

なのに何故わざわざエッジという会社が独占販売を請け負うことになった のか?ということが気になったわけである。気にしても理由なぞ分からない だろうが、エッジならLindowsOS的な方向のマーケティングを行ってくれる ということがあったのかもしれない。つまり「Windows対抗の新OS」という キャンペーンである。

実際にエッジは7月22日の製品発表会にて、LindowsOSは1年間で67万本の出荷 を行い、デスクトップOS市場のシェア5%を確保するという想像を絶するメッセージ をブチ上げた。 1万本売るのがせいぜいといったLinuxディストロ市場において、全くの新参の LindowsOSとエッジという組み合わせで、しかもコンシューマ相手という ことを考えると無謀な数字に思えるが、これはLindows.comの戦略に合っているとも 言えるだろう。また、高い目標を設定することは内部の士気を高めることになるし、 広報的にも良い影響を与えることもある。だが、さすがに何のノウハウも ない状況では、如何にLinuxに追い風があるとしても難しいことは難しい。 中身がwoody+αでOpenOfiice等がつくぐらいでは、既存のディストロと 同レベル(もしくはその下)になるだろう。

ここでやっと冒頭に戻るが、私は8月29日の夕刻、秋葉原の ソフマップ一号店の店頭に1時間ずっと立っていた。LindowsOS 4.0日本語版 の販売イベントの状況を見て、一般のPCユーザ層がどのような反応を 示すのか確認してみたかったからだ。だが、それは徒労に終わった。 そもそも1時間の間で山積みされていたLindowsOSのパッケージに触れたのは 金曜の夕方という人通りが多い時間に関わらずたった3人だけで、そのうち 1人だけが売子の説明を聞き、結局買わなかった。それが時間的に良い時間 帯なのかということも分からないので何とも言えないが、少なくともWindows のようには売れないということだろう。LindowsOSの性質上、ヘビーな Linuxユーザーは顧客にならないだろうし、Debianユーザはさらにもっと ユーザにならないだろう。すると、Windowsユーザが相手ということだが、 いきなり唐突に「Windowsに代わる革新的新OSです」と言われてもすぐに 手は出せないということだろうか。

帰ろうとしたときに1人、デモ展示を触り出したので日本語版の状況をチェック することができたが、そこで気が付いたことと後から気付いたことを列挙する と、

  • Click-N-Runはほぼメッセージは英語のままのようだった。メッセージの 翻訳はClick-N-Runぐらいだけが必要な部分だと思うが、それがなされていない のは非常に不思議に思えた。
  • 製品発表会ではブラウザとしてMozilla日本語版「和ジラ」(エッジの発表) としていたが、やはり和ジラに見えた。 和ジラのページでは、Lindows 側の独自ブラウザと書いてあるが、やはり和ジラではないだろうか?ライセンス的 な問題があるわけではないが、パッチ検証用の独自ビルドである和ジラを 同梱するということは、エッジ内部にそれだけテストを重ねた結果があるから 安心ということだろうか?
  • ATOK12SEという随分と古めかしいATOKが、Cannaといっしょに動いていた。
  • ビットマップフォントの嵐でとても”日本語化”されているように見えなかった。 タイプバンク社のフォントが入ってるはずだが…。
  • mplayerが動いていたが、これがライセンス的に大丈夫なのか不安だ。
  • 価格は、ソフマップ1号店でLindowsOS 4.0 日本語版が5,380円、 LindowsOS 4.0 日本語版 Plusが11,980円。製品発表会時の価格より安いことに 気がついたが、これでもサポートなし等を考えると高いかもしれない。また、 Lindows.comではClick-N-Runが49ドルということを考えるとこれも 高いかもしれない。
こんなところだろうか。ぱっと見たところは、さほど洗練されているようにも 見えず、日本語版としての調整はこれから始まる?といった印象だった。 裏のDebianが透けてみえるような気がしたので、パッケージを買う気にも なれず、それだけでそのまま帰ることにした。日本語化に関しては、 如何にDebianが国際化されているとはいえ、細かな調整が必要になる部分で あることは間違いなく、エッジの力量が問われるところである。ただ、国際化 を考えると、開発の主導権を取れるわけではないと思われるエッジに求めるのは 酷だと思うが、Debianのsid/sargeをベースに したほうが断然良いだろう。Windowsユーザからの乗り換えを狙うのなら、 それでも最低線の仕事である。

これだけであれば、エッジに対するエールで終わるところであるが、 /.jでエッジのLindowsOSのWebに サポートフォーラムがあることに気が付いた。何故かtopページから リンクが張られていないので、製品を買った人しか分からないのかも しれないが、随分とインストールの不具合やトラブルの報告が多いよう だった。ベースがベースだけに、箱売りの場合はインストールさえできないユーザが 続出することが容易に想像できるわけだが、 製品として出荷した割には多すぎるという印象を持っていたところ、何故か唐突に

システムのメンテナンス中により、現在フォーラムをご利用になれません。 大変ご迷惑をお掛けしておりますが本日中に再開される予定となっております。 何卒ご理解とご了承の程、宜しくお願い申し上げます。
というメッセージを残してフォーラムが閉鎖されてしまった。アクセス的に さほど多いような気もしなかったのだが…。 [追記]9/2になったところで、フォーラムが再開されたようだが、 IDとパスワードが必要となっている。どうやら、そもそもフォーラムは インサイダープログラムのユーザのためのものだったらしい。製品を購入した ユーザはFAQを見ろと書いてあるが、 FAQのページは、「ただいま準備中です。」とだけ書いてあるが、 この よくある質問と回答のページが正しいのかもしれない。ただ、 このページの情報も随分と少なく、製品の購入者は必要な情報をどこで 仕入れるのか少々気になるところだ。

さいごに

いろいろととめどめもなく書いてきたが、LindowsOSには不安な点がたくさん 存在する。とあるDebian開発者は「LindowsOSはDebianを改悪したものだ」 と言い切っているぐらいだ。しかしながら、既存のLinuxベンダーが直接的に 切り込むことを避けて きた領域に(少々無謀かもしれないが)果敢に攻め込もうとしていることは 讃えるべきだろう。 Lindows.comが直接開発コミュニティに寄与することはないかもしれないが、 Lindows.comが市場を切り開くことができれば、それはそれでLinuxの勝利 でもある。そのときはLindows.comの勝利でもあるわけだが、Lindows.com的な ビジネスモデルに既存のLinuxベンダーが資格があるにも関わらず誰も 踏み込まなかったことが、既存ベンダーの敗因ということである。 ただ、そうなる気がしないのは、やはりLindowsOSに淡い期待を 抱きつつも、不安な点が多々あるからだろう。

編集部注:この記事に含まれる意見は著者自身のものであり、 opentechpress.jp編集部やOSDNの見解と一致するとは限りません。