小売店におけるLinuxの状況

私の勤務する小さな電気店では、ここ8ヶ月ほど低価格のLinux PCを販売していた。だが、売り上げはあまりかんばしくなかった。

ハードウェアそのものに問題はなかった。値段は安いが、つくりはしっかりしているし、基本的な文書作成や電子メールのやり取りにパソコンを使いたいと思っているユーザが求める要素はすべて備えていた。Windowsを搭載していないという点すら、大きな問題ではなかった。たいていのお客は、自分のしたいことができさえすれば、その点をあまり気にしないものだ。問題は、それがオープンソースのオペレーティングシステムを搭載していたという点だった。

「フリーソフトウェアとは何ぞや」という話をするときには、「ビール無料サービスの無料(free)ではなく、言論の自由の自由(free)」という例がよく使われる。だが、普通の人々に説明するときに、この考え方を理解させるのは一苦労である。たいていの人はLinuxという言葉も聞いたことがないのだ。社会のあらゆる領域で商業化が進んでいる現代では、口コミと消費者の関心をどれだけ集めるかが重要であるが、Linuxは一般消費者にあまり知られていない。一般の消費者は、「フリーの」オペレーティングシステムというものに初めて対面したときに、この「フリー」という言葉を、「誰もお金を払ってまで購入しようとは思わない程度のものだから無料なんだろう」と解釈する。こう考えるのも無理はないかもしれない。我々は自分が使うほとんどすべてのサービスや製品に代価を支払うことに慣れており、その額は年々少しずつ増えている。高価なハイテクハードウェアを制御するための信頼性の高い強力なツールを無料で利用できるという考え方は、にわかには信じがたいだろう。「フリーソフトウェア」という概念は、一般消費者の常識とはまったく異なるものなのだ。ほとんど理解不能と言ってもいい。フリーソフトウェアは、30秒やそこらのセールストークでお客に理解してもらえるような概念ではない。したがって、お客はWindowsコンピュータに流れるか、店を出て行ってしまうか、そのどちらかになる。

この記事を読んでいるような読者は、かなり長い期間、何らかの形でフリーソフトウェアに携わってきた人だろう。ほとんどの読者は、今日のLinux環境がいかに強力で成熟しているかを知っており、フリーソフトウェアの背後にある哲学と主張をおおよそ理解していることだろう。だが、初めてこの概念に触れたときのことを思い返してみてほしい。私と同じような道をたどった人ならば、いろいろなことが本当に理解できるようになるまでに数ヶ月はかかっただろう。そう考えると、小売店で30秒くらい説明されただけでフリーソフトウェアの概念を理解し、その後すぐに数百ドルのLinuxコンピュータを買ってくれる人がいるとは思えない。

では、フリーソフトウェアの概念を理解していない市場にフリーソフトウェアを売り込むにはどうしたらよいのだろうか。オペレーティングシステムとソフトウェアスイートのことを消費者にすべて理解してもらおうと期待するのは酷というものだ。無理強いすれば、結局は消費者をうんざりさせ、Micorosft製品に走らせることになる。

オープンソースアプリケーションで消費者の心をつかむ

Linux PCの販売が不調に終わった後、私の勤める店は、Windowsコンピュータのみを販売する方向に路線を戻した。ただ、これらのWindowsコンピュータには、我々が販売している数々のコンピュータハードウェアと同様に、OpenOffice.org 1.0.3がバンドルされている。OpenOffice.orgは無料でドライバCD-ROMに収録できるので、我々の製品を道向こうのコンピュータショップの製品と差別化するための有効な手段になっている。我々の顧客はOpenOffice.orgに好意的な反応を寄せている。Microsoft Officeの料金を支払う代わりに、OpenOffice.orgを試し、それを使い続けている顧客も多い。彼らは数百ドルを節約し、我々はお得意様を得るというわけだ。これこそ、一時的な売上額より重要なものである。また、OpenOffice.orgは、フリーソフトウェアの概念を人々に紹介するのに非常に有効な手段である。OpenOffice.orgは無料なので、気軽に試すことができ、Microsoft Officeやその他の高額な製品を購入するときにいつも感じる「使ってみて気に入らなかったらどうしよう」という恐怖とは無縁である。さらに、OpenOffice.orgは、プロフェッショナルなオープンソースソフトウェアとはどういうものかを示す実例である。OpenOffice.orgのようなソフトウェアであれば、本腰を入れてすべてをLinuxシステムに置き換えるのはちょっと…という消費者でも、オープンソースソフトウェアに触れさせることができる。

私は、さまざまなオープンソース製品に対する顧客の反応を見てきた経験から、一般消費者をLinuxに転向させるには、まずWindows環境でオープンソースアプリケーションを使わせてみるのが一番であると確信している。これにより、消費者は、役に立つソフトウェアが高価である必要はないということと、Microsoft製ソフトウェアに替わる実用的なソフトウェアが存在するということを実感するようになる。

コンピュータ販売の第一線に立ってきた経験から言うと、是か非かはさておき、まだ大部分のコンピュータユーザはMicrosoft世界の住人である。彼らがフリーソフトウェアの概念をおぼろげに理解したからと言って、それまでのすべてを捨ててくれるだろうと期待するのは行き過ぎである。一般の自宅ユーザのデスクトップにLinuxが広く普及している社会を実現するためには、彼らを徐々に脱Microsoftのオープンソース世界へと引き込んでいく必要がある。Windows上で動くオープンソースアプリケーションこそ、オープンソースへの転向を成功させる有効な武器である。