カリブのフリー/オープンソースソフトウェア事情(後編)
私がトリニダード・トバゴのFree, Libre and Open Source Software Conferenceで行ったプレゼンテーションの主なテーマは、「フリー/オープンソースソフトウェアでお金を節約しよう」というものだった。私はいつも、Linuxを使った経験のない人々に話をするときには実際にデスクトップLinuxを使って見せることにしている。いつものように基本的なホーム/オフィスコンピューティング機能をLinuxで実行して見せたところ、人々は、私がテキストコマンドの文字列を打ち込むのではなく、ポイントアンドクリックで操作をするのを見て驚いていた。中でも、Internet ExplorerにはないMozillaの機能(タブブラウジングやポップアップ広告の抑制など)をデモンストレーションしたときには大きな驚きを示し、私がOpenOfficeの機能を紹介して、これが無料の、つまり一銭も払わなくてよいプログラムであると述べると顎を外さんばかりだった。
しかし、私のプレゼンテーションは最も重要な意義を持つものではなかった。Free Software Foundation(FSF)のメンバーであるDavid Sugarと電子工学の元教授であるSt. Clair King博士が行った講演は、私の話などよりはるかに大きな社会的意義を持つものだった。
Kingはペルーの国会議員Edgar Villanuevaのインタビューをさかんに引用しつつ話を進めた。彼が訴えたメインテーマの1つは、行政関連のデータはプロプライエタリな形式ではなくオープンな形式で保存すべきであるというものだった。行政データは国民のものであり、だれもが特定企業の製品を購入しなくても見られるようになっていなければならないという主張だ。これは、先進国にも発展途上国にも当てはまる話である。
Kingが取り上げたもう1つの問題は、国家の自給自足についてである。2つの島から成るトリニダード・トバゴという国家は、ビール、ラム、土地のいくつかの農産物、そして石油を除くほとんどすべてのものを輸入に頼っている。国家の主要な輸出品は石油であり、長ければあと35年間は採掘できると予想されている。しかし、それ以降はどうやって外国企業にソフトウェアライセンスの代金を支払えばよいのだろうか。
トリニダード・トバゴのような石油資源を持たない他のカリブ諸国は、既にこの問題に日々直面している。プロプライエタリなオフィススイートを購入するために、観光客相手につまらない装身具類を大量に売らなければならないのだ。こうなると、無料のOpenOfficeの魅力がクローズアップされてくる。たとえそれがMicrosoft Officeの90%の機能しか備えていないとしても、問題にはならないだろう(なにしろ、Microsoft Officeはトリニダード・トバゴ・ドルで3,000ドル以上もするのだ)。さらに、OpenOfficeやその他のオープンソースプログラムはカスタマイズや修正を自由に行うことができる――それも、海外企業ではなく国内のプログラマの手によってだ。オープンソースソフトウェアの修正や、オープンソース基盤上のまったく新しいソフトウェアパッケージの開発を国内で行い、それにお金を費やすようにすれば、貧しい国家経済を潤し、海外への資金流出を防ぐことができる。
これらはいずれもオープンソース提唱者の決まり文句だが、Kingはこうした主張を一度も聞いたことのない聴衆たちに熱く語りかけ、その心をすっかりつかんでしまった。彼の講演は大きな拍手で幕を閉じた。
Sugarの講演はこれほどの興奮を呼ばなかったが、それまでに発展途上国で講演を行ったフリー/オープンソース提唱者たちがあまり語らなかったテーマを取り上げた。それは、「ソフトウェア技術の点では無名の小国が、いかにしてフリーソフトウェアプロジェクトによって世界のソフトウェア市場で信用を勝ち得るか」ということだ。
つまり、フリーソフトウェアを使用するだけでなく、それを開発することの利点を強調したのである。
アメリカやヨーロッパからトリニダード・トバゴやメキシコ、マケドニア、ヨルダンといった国々にフリー/オープンソースソフトウェアについて講演をしに行く人々の多くは、比較的貧しい国の人は何よりもまず無料であるということに関心を持つだろうと決めてかかっているふしがある。
Sugarは講演の中で、「ここにいる、技術的後進国と一般に思われている国のプログラマの皆さんが、フリーソフトウェアを通じて世界中の尊敬を集めることも可能なのです」と明確に述べた。Sugarは例として、彼が昨年マケドニアの首都スコピエで行ったプレゼンテーションをきっかけとしてマケドニアの開発者に提案した視覚障害者用のアクセシビリティプロジェクトを示した。
本質的に利他的なプロジェクトのためのフリーソフトウェアコミュニティを組織することが、完全に利他的な目的から発しているとは限らない。矛盾に聞こえるかもしれないが、商業的な可能性を持たないソフトウェアプロジェクトで世界に何らかの足跡を残すことができれば、その開発者たちはある種の世間的評価と評判を得ることになり、それがプログラミングやコンサルティングの仕事につながる可能性もあるというわけだ。これはきわめてFSF的な視点だが、Sugarはマケドニアでもトリニダード・トバゴでもFSF推薦の話し手として招待されたことを申し添えておく。
さらに、Sugar自身が、フリーソフトウェアのための無償の努力が結局は収入につながるということの生き証人である。彼はGNU Bayonneという遠距離通信アプリケーションサーバプロジェクトの中心的な開発チームリーダーだが、GNU Bayonneとその他のオープンソースソフトウェアに基づく製品およびサービスを商品とする企業Open Source Telecom Corporation(OST)の主任技術委員としてそれなりに恵まれた生活を送っているのだ。
「発展途上国」という言葉が本当に意味するところは?
「発展途上国(developing country)」 という言葉は、たいていの場合、「整備されていない道路、トタン屋根の小屋、遅れた水道設備、不安定な電力供給といった特徴を持つ貧しい国」の婉曲表現として使われている。
しかし、フリー/オープンソースソフトウェアをうまく利用すれば、最も貧しい国でも文字どおりの「開発国(developing country)」になれる可能性がある。そしてこのことは、長い目で見れば、ソフトウェアライセンス料金を節約することよりもずっと重要である。