オープンソースも「差別撤廃」

政府機関は、性能面で差のないオープンソースソフトウェアがある場合には、商用ソフトウェアを採用するべきではないのだろうか。IT担当者向けのソフトウェア評価ガイドラインを政府が定めるのと、ソフトウェアに自由競争をさせるのでは、どちらがいいのだろうか。他の各国と同じく、この議論が米国の2つの州議会で持ち上がっている。

先月、オレゴン州では 下院法案2892 が、テキサス州では 上院法案1579 が発議された。この2つはいずれも、州政府の機関がソフトウェアを購入する際に、オープンソース製品を選択肢に入れることと、「オープンソースではなくプロプライエタリソフトウェアを採用した場合には、その根拠を提示すること」を要求するものだ。

いずれの提案も、民間企業は対象外だ。市民の血税を財源とする政府機関のみに適用される。

プロプライエタリソフトウェアだけでなく、オープンソースソフトウェアも選択肢に含めるよう州政府に要求するのは当然のことといえる。どんな団体も、条件を満たしているすべての製品を考慮に入れるべきだ。ただ、特定のソフトウェアを購入するのに、文書でその根拠を示すよう要求するくだりには少々疑問を持たずにはいられない。公務員が自分たちの仕事に最善を尽くしてくれるなら、これはまったくのお役所仕事としか思えないからだ。

カリフォルニアでは、話がもっと発展している。昨年夏、Attorney Walt Penningtonによって、Digital Software Security Actが発議された。これは、州政府機関に対し、ソフトウェアの使用やそのソースコードへのアクセスに制限を設けない企業からのみソフトウェアを購入することを義務付けようとするものだ。個人的には、これはちょっとやりすぎではないかと思う。どのような機関であれ、オープンソース製品のみを購入するよう強制するのは行き過ぎだ。ばかげていると言っても言い過ぎではないだろう。適切なオープンソースのプログラムが存在しない場合はどうしろというのだ。

テキサスの法案では、最も適切なソフトウェアを各機関が評価するためのガイドラインが示されている。評価項目としては、購入価格、既存のデータやシステムとの互換性、拡張性、信頼性、トレーニングコスト、サポートコスト、そしてその機関の標準やポリシーへの準拠が含まれている。各項目で最も高い評価を得た製品が、採用する価値のある製品だということになる。

次の発言を見てほしい。

政府が製品の良し悪しを決めるべきではないと思う。テクノロジは、自由市場においてその価値を競争させるべきだ。政府は、すべての選択肢を見たうえで決定を下さなくてはならない。

確かにそのとおりだと思わないだろうか?しかし、この発言が News.com に掲載されたMicrosoftのRicardo Adameによるものだと知ってしまうと、保身のための発言にしか思えなくなるのも事実だ。

世界でも最大のプロプライエタリソフトウェアのベンダであるMicrosoftは、オープンソースへの対抗に意欲を燃やしている。資金に制限のある開発途上国では、いきおいオープンソースソフトウェアへの支持が高まっているが、Microsoftは、ペルー、インド、メキシコなどの国々に対し相当の資金とソフトウェアを提供することで、フリー/オープンソースソフトウェアへの流れを食い止めようとしている。これらの国々の政府にとって、何百、何千ドルもの資金提供を断るのは難しいに違いない。しかし、長期的な視点で、目先の利益を犠牲にしなくてはならない状況もある。IT担当者が、総合的にみて最も低いコストで優れた機能を実現できると判断したパッケージが採用されるべきだ。

Microsoftは、教育機関にソフトウェアを無償提供することで、将来的なシェアを確保しようと画策している。これは、Microsoftのソフトウェアに親しんだ学生たちが、ゆくゆくは仕事の場でもそのソフトウェアを好んで使ってくれるのを期待してのことだ。そして米国国内でも同じ作戦を実行に移そうとした。2001年、政府が起こした反トラスト法訴訟において、1万6千の貧しい学校に対して10億ドル相当のソフトウェア、ハードウェア、トレーニング、そしてサポートを提供するという提案を和解案の一部として提示したのだ。政府は、このような援助は、最終的にMicrosoftのシェアを増大させることにしかならないと判断し、この和解案を拒否した。

社会問題に対する政府の対応は、いつでも危険をはらんでいる。たとえば差別撤廃措置(affirmative action)がそうだ。長年にわたる人種間の格差を縮めるための雇用計画に賛成できるだろうか?すべての従業員候補を、純粋に本人の能力で評価できるだろうか?差別撤廃措置に対する意見と、オープンソース法についての自分の意見を比べてみてほしい。必ずしも一致している必要はないが、一致していない場合には、自分がなぜそう考えるのかを理解しておくべきだ。

オープンソースのシェアを法の力で確保することは、本当にオープンソースコミュニティのためになるのだろうか。政府によるオープンソースソフトウェアの採用が進めば、おそらくなるだろう。しかしオープンソースが、活路を見出すために政府による強制を支持するとすれば、おかしな話だ。