大麻使用と他薬物使用の関連について実態調査結果を公表――仮説と現実の乖離とは-日本における「ゲートウェイドラッグ仮説」に再考を促す新たな研究結果を発表-

一般社団法人日本臨床カンナビノイド学会に所属する正高佑志(一般社団法人Green Zone Japan、聖マリアンナ医科大学脳神経外科)、赤星栄志(日本大学生物資源科学部)、松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 )、太組一朗(聖マリアンナ医科大学脳神経外科)らの研究チームは、2025年7月1日、査読付き学術誌「Neuropsychopharmacology Reports」において、日本の大麻使用者を対象にした大規模な二次解析研究の成果を発表しました。

本研究は「大麻が他の違法薬物使用の入り口になる」とするいわゆる「ゲートウェイドラッグ仮説」の日本における妥当性を検証した内容であり、その前提に対して新たな科学的疑義を提示する内容となっています。

【研究の概要】

本研究は2021年1月に実施された匿名オンライン調査のデータを用い、3,900名の日本人大麻使用者の薬物使用履歴を分析したものです。SNSなどを通じて広く参加を募り、回答者の大多数(81.5%)は20代~30代の成人男性でした。使用薬物の順序や移行パターンを可視化したところ、大麻は多くの場合「3番目」に使用されており、アルコールやタバコが使用の出発点となる傾向が明らかとなりました。加えて、大麻使用後に覚醒剤やコカインなどの違法薬物に移行する割合は低く「ゲートウェイ効果」が確認されないことが示されました。

【主な研究成果】

・大麻使用者の約55%は他の違法薬物に移行していない

・大麻使用者が覚醒剤使用へと移行するオッズは0.08

・違法薬物全体に対しても移行オッズは0.78と少数派

・大麻よりも先にアルコール(96.3%)やタバコ(93.8%)を使用しているケースが圧倒的多数

【研究の意義と提言】

本研究はこれまで大麻政策の根拠として扱われてきた「ゲートウェイ仮説」に対し、日本における実態と整合しない可能性を示しました。さらに、薬物使用の背景には年齢・学歴・社会的脆弱性といった社会的要因が大きく影響していることを示唆しています。現在、2024年12月の改正大麻取締法施行により、大麻使用そのものに対しても刑事罰が科されるようになりました。本研究はこうした厳罰化政策が大麻以外の違法薬物へのアクセスリスクを逆説的に高める可能性があることに対して警鐘を鳴らすものです。

【論文情報】
掲載誌:Neuropsychopharmacology Reports(Wiley)
タイトル:Revisiting the Gateway Drug Hypothesis for Cannabis: A Secondary Analysis of a Nationwide Survey Among Community Users in Japan.
著者: 正高佑志、片山宗紀、梅村二葉、杉山岳史、三木直子、赤星栄志、岡千紘、旭雄士、松森隆史、太組一朗、村田英俊、松本俊彦
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/npr2.70033

本研究は、下記から継続した第三弾の研究成果として位置付けられています。

第二弾の研究成果:大麻健康被害のリスクは若年使用と精神疾患の既往・家族歴-
日本臨床カンナビノイド学会理事らによる研究チームが日本初の大規模調査結果を公表-
https://www.dreamnews.jp/press/0000272909/

第一弾の研究成果:大麻使用者の90%以上は依存症ではなく、社会的に機能していることが明らかに
SNSを活用した市中大麻使用者における大麻関連健康被害に関する実態調査ー第1報ー
https://www.dreamnews.jp/press/0000250602/

図 日本在住の大麻使用者における物質使用の連続パターンを示すサンキー図(N=3,900)

日本語訳版ダウンロードファイルはこちらからできます。
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=162480

<用語集>

Δ9-THC:
デルタ9-テトラヒドロカンナビノール。THCとも表記される。144種類ある大麻草の独自成分カンナビノイドのうち、最も向精神作用のある成分。いわゆるマリファナの主成分として知られている。痛みの緩和、吐き気の抑制、けいれん抑制、食欲増進、アルツハイマー病への薬効があることが知られている。

CBD:
カンナビジオール。144種類ある大麻草の独自成分カンナビノイドのうち、向精神作用のない成分で、てんかんの他に、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症、神経性疼痛、統合失調症、社会不安、抑うつ、抗がん、吐き気抑制、炎症性疾患、関節リウマチ、感染症、クローン病、心血管疾患、糖尿病合併症などの治療効果を有する可能性があると報告されている。2018年6月に行われたWHO/ECDD(依存性薬物専門家委員会)の批判的審査では、純粋なCBDは国際薬物規制の対象外であると勧告された。

内因性カンナビノイド系:
内因性カンナビノイド系(ECS)は、内因性リガンド(アナンダミド、2-AG等)、それらのカンナビノイド受容体(CB1,CB2等)、および内因性カンナビノイドの形成と分解を触媒する酵素(FAAH、MAGL等)を含む脂質の複雑なネットワークである。内因性カンナビノイド系は、学習と記憶、感情処理、睡眠、体温制御、痛みの制御、炎症と免疫応答、食欲など、私たちの最も重要な身体機能の調節および制御を担っている。

2018年米国農業法による「ヘンプ」の定義:
「ヘンプ」という用語は、「大麻(学名Cannabis sativa L.)」の植物および、その植物のいずれかの部位(種子と全ての派生物、抽出物、カンナビノイド、異性体、酸、塩、異性体の塩を含む)であり、成長しているか否かにかかわらず、デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(delta-9 tetrahydrocannabinol)の濃度が乾燥重量ベースで0.3%以下であるもの」を指す。

(一社)日本臨床カンナビノイド学会
2015年9月に設立し、学会編著「カンナビノドの科学」(築地書館)を同時に刊行した。同年12月末には、一般社団法人化し、それ以降、毎年、春の学術セミナーと秋の学術集会の年2回の学会を開催している。2016年からは、国際カンナビノイド医療学会; International Association for Cannabinoid Medicines (IACM)の正式な日本支部となっている。E-ラーニングによる専門家育成(登録医/登録師)、研究支援等を行い、世界的に権威のある"Cannabis and Cannabinoid Research"(大麻&カンナビノイド研究)を公式ジャーナルとしている。2023年10月段階で、正会員(医療従事者、研究者)113名、賛助法人会員13名、 賛助個人会員11名、合計137名を有する。http://cannabis.kenkyuukai.jp/

日本の大麻取締法
我が国における大麻は、昭和5年(1930年)に施行された旧麻薬取締規則において、印度大麻草が≪麻薬≫として規制されてきた。第二次世界大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により印度大麻草と国内の大麻草は同一だと指摘を受け、一旦は、大麻草の栽培等の全面禁止が命じられた。ところが、当時の漁網や縄などの生活資材に必要不可欠であり、国内の農家を保護するために大麻取締法(1948年7月10日制定、法律第124号)を制定した。医師の取り扱う麻薬は、麻薬取締法(1948年7月10日制定、法律第123号)となり、農家が扱う大麻は、大麻取締法の管轄となった。その後、化学繊維の普及と生活様式の変化により、大麻繊維の需要が激減し、1950年代に3万人いた栽培者が1970年代に1000人まで激減した。欧米のヒッピー文化が流入し、マリファナ事犯が1970年代に1000人を超えると、それらを取り締まるための法律へと性格が変わった。つまり、戦後、70年間で農家保護のための法律から、マリファナ規制のための法律へと変貌した。2020年の時点で、全国作付面積7ha、大麻栽培者30名、大麻研究者450名。この法律では、大麻植物の花と葉が規制対象であり、茎(繊維)と種子は、取締の対象外である。栽培には、都道府県知事の免許が必要となるが、マリファナ事犯の増加傾向の中、新規の栽培免許はほとんど交付されていない。また、医療用大麻については、法律制定当初から医師が施用することも、患者が交付を受けることも両方で禁止されたままであった。
国内外の情勢の変化を受け、厚生労働省による21年大麻等の薬物対策のあり方検討会(全8回)、22年大麻規制検討小委員会(全4回)を経て、23年1月12日の厚生科学審議会 (医薬品医療機器制度部会)にて法改正の方向性が示された。その後、第212回臨時国会にて大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律(2023年12月6日制定、法律第84号)が成立した。新法によって大麻由来医薬品の利用の道が開かれた。

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提供元: ドリームニュース