「革新勢力」となる組み込みLinux

(カリフォルニア州PALO ALTO)――最近、組み込みLinux(EL:embedded Linux)は、TiVo、SharpのZaurus、または家庭で利用されるワイヤレスWANゲートウェイなどで一般消費者との接点が増えている。ELは、今の時点ではIT業界を席巻しているとは言えないが(なにしろ登場したと思ったら瞬く間に消えていく実験的なEL製品は数多い)、そのような状況でも、すでにこの世界にしっかりと根を下ろしている。そして、小型デバイス分野で今後さらに重要な役割を担うことになると、一部で固く信じられている。

「現在、ELは組み込みソフトウェア業界の革新勢力です」と語るのは、Rick Lehrbaum(LinuxDevices.comの創立者/現エディター、組み込みボードメーカAmpro Computers, Inc.の創立者/元CEO)である。その理由は? 「Linux全般の盛り上がりと、Linuxの持つ本質的な強みがその原動力です」

組み込みシステム業界のベテランである25才のLehrbaumは、SD Forumがスポンサーとなって新設された、あるテクノロジSIGで、マーケットにおけるELの現状について報告し、最前線で起きていることを明らかにした。

トップ・スリーに食い込むEL

「組み込みLinuxは、組み込みソフトウェア業界で利用されるオペレーティングシステムのトップ・スリーに入っていると考えられます」と、彼は語った。「他の2つは、Wind River Vx加QNXで、どちらもすばらしい製品です。ELの大きな強みは、ほとんどのシングルボード・コンピュータの32ビットと64ビットの組み込みプロセッサに対応していることで、これは他のOSにない特徴です」

Embedded Linux Consortiumのエグゼクティブ・ディレクター、Murry Shohatによると、組み込みLinuxの世界でどのサプライヤが他をリードしているか、特定の名前を挙げるのは難しい。「実際には、おそらくIBMがリーダーでしょう」と、彼。「Linux専業の会社に限ると、どことは言い難いですね。というのも、販売に関する情報を外部に出さない私企業もありますし、販売情報で組み込み分野とそれ以外の分野を分けていない株式会社もあるからです」

現実には、組み込みLinuxの最大の配布元はkernel.orgだと、Shohatは言う。「ここは、純粋なLinux、Linus Torvaldsのブランド、フリー・ディストリビューションしか扱っていないのです」

マーケットリサーチ大手のIDGとGartner Groupは、調査報告書の中で、組み込みLinuxを専業とする商用ベンダのうち、組み込みLinuxサプライヤのトップ企業としてMontaVista Softwareを挙げている。その後に、Red Hat、MetroWerks、Lineo、Phoenix、TimeSys、LynuxWorks、Arcomの各社が続いている。

携帯電話のマーケットでは事情は異なる。ELには、Symbian(まもなくNokiaの影響下に置かれる見込みのコンソーシアム――Nokiaの携帯は半数がSymbianを利用する)、MicrosoftのWindows Mobile、PalmOS、QUALCOMMのBREWなどの強力なライバルがいる。事実、ELがこれらの手ごわいライバルに伍してゲームの一員となるまでには、長い時間がかかった。現在、ELのマーケットシェアは1桁の下のほうである。

携帯電話業界の外では、景気が総じて上向いていることやLinux陣営全体が勢いづいていることから、予定されたプロジェクトにELの採用を検討する開発者たちは多いが、使いものになるLinuxデバイスの市場投入にトライして失敗に終わった例が多いことも事実である。「これまでのところ、Sharpが、ELを利用して収益を上げている唯一の大企業です」と、Lehrbaumは語る。「弊社のこのページをチェックすれば、これまでに登場し、消え去ったデバイスがわかります」笑みを浮かべて、彼はそう言った。

このリストには、数多くのPDA、カメラ、音楽/ビデオプレーヤー、携帯電話、タブレット、”Webパッド”、さらにロボットまでが名を連ねている。しかし、今でも販売されているものはごく少数に過ぎない。適者生存は、どのマーケットでもそうだが、ジャングルの掟である。残念だが、多くのELデバイスは、初めから一般消費者には明らかに適していなかった。あるものは価格が高すぎ、またあるものは性能が足りなかった。あるいは、単に時代にあまりに先んじていたものもある。

背景

この記事のトピックに暗い読者のために、ELの歩みをざっと解説しておこう。ELがITのレーダースクリーンに最初に姿を現したのは、1999年のことだ。その年のハロウインに、LehrbaumがLinuxDevices.comを発足した。当時、代表的なEL企業は3社あった。Lineo(後にZentropixを買収して社名をEmbeddixに変更した後で、Morotola/MetroWerksに買収された)、Lynx Real-Time Systems(LynuxWorksと改名し、現在はBlueCat Linuxのほか、プロプライエタリなOS製品LynxOSを販売している)、そしてMontaVistaである。これらの企業は、現在でもマーケットをリードしているが、5年間にさまざまな変化があった。

Lehrbaumによると、ELには次の強みがある。

  • 省電力、低メモリ消費
  • 小さいフットプリント
  • ヘッドレス運用
  • 高速ブート
  • リアルタイム処理に特化した設計
  • ほとんどの32ビットおよび64ビットプロセッサに対応

「ほとんどの組み込みLinuxアプリケーションの開発は、通常のエンタープライズ開発環境で始めます」と、Lehrbaumは語る。「その後で、組み込みシステムの要件にアプリケーションを適合させます。この手順は、最初感じるほど難しくはありません」

Lehrbaumによると、2003年にELにとって画期的な動きがいくつかあった。グラフィックス、リアルタイム処理などを扱う新しい標準化プロジェクトが、Embedded Linux Consortium(ELC)によって発足されたこともそうである。「長年の懸案だったのです。ELの世界に明確な標準が欠けていることは」と、彼は語っている。

Linux自体の改良も、組み込みLinuxを大いに助けている。「Linux 2.6カーネルでは、組み込み機能が大幅に強化されました」と、彼。「ARMとRISC以外に、x86、PPC、MPS、DSPなど、多くのプロセッサにも移植が可能になりました」

最近発足した最大規模のELプロジェクトとして、MotorolaがELベースのA760ハイエンド・スマートフォンの販売をアジア太平洋地域で開始したことが挙げられる。このプロジェクトは、紛れもないチームワークの所産である。ELCのメンバーであるMotorola、MontaVista、MetroWerksが揃って参加しているのだ。このスマートフォンではMontaVista Linuxが稼働し、開発にはMontaVistaとMetrowerksのツールが利用された。Motorolaは、このモデルを今年後半にもヨーロッパと米国でも販売する計画でいる。

Motorolaは、さらに多くの携帯製品に組み込みLinuxを利用することを計画しているが、同社のEL携帯電話が広く利用されるのはまだ数年先である。

IBMは、ELを使った新モデルのカメラ付き携帯電話のマーケティングを実施している。早ければ今年中にも発売の運びだ。その他にも、データ収集デバイス、リモートビデオカメラ、ウェッブカムにELを利用している企業がある。

しかし、まだELを他の製品でサポートしていない大企業がある。Lehrbaumは、Intelのラップトップ用CentrinoモバイルWi-Fiチップに注目を寄せている。というのも、IntelにはLinuxに――まだ――対応していない独自のハードウェア・コンポーネントがあるからだ。「おそらく時間の問題でしょう」と、彼は言う。

目を覚ましたWind River

ELのライバルの中にも、ELに真剣に取り組んでLinuxサポートをポートフォリオに含める必要があるという認識が見られる。以前から顧客の要望があったからだ。「組み込みマーケットのNo.1ベンダとして、Wind Riverは前々からELをこき下ろし、自社のVxシステムを勧めてきました。当然ですね」と、Lehrbaumは語る。「しかし、Linuxをオプションとして利用したいと働きかけ続ける顧客の声を、これ以上無視できなくなってきたのです。売り上げの減少に直面し、大きく方針転換せざるを得ませんでした。Wind Riverはようやく目を覚まして現実を直視し、BSD企業を買収しました。現在はLinuxをサポートしています」

「言うなれば、大手デパートのBloomingdale’sに衣類を買いに出かけたのに、売ってなかった。そこで、Bloomingdale’sは、通りをはさんで向かい合うMacy’sに行って服を買ってきた、というわけです」

Lehrbaumは、年に一度開発者たちにアンケートをとってLinuxDevices.comで公開している。次回の公開は、3月か4月の予定だ。彼はまだ詳細を明かすわけにいかないが(アンケートを依頼している段階である)、彼の報告を横取りしない程度に若干の全体的な傾向について触れておこう。向こう2年間に発売が予定されているデバイスにELを利用したいという「意向」は、1年前よりも明らかに強くなっている。また、なんらかのLinuxを内部に組み込んだ「自家製」システムの数も、増える一方だ。

Lehrbaumによると、ELが検討の対象となる主な要因として、コスト(フリー)、多数の優れたツールセット、良質のドキュメント、信頼できるデバイスドライバ、デバイスで小さなフットプリントしか要しないこと、などが挙げられる。