オープンソースはフィリピン経済を利する

Wison Ngの記事『IT investment and the economy』が、フィリピンで最大の読者数を誇るニュースサイトに掲載される価値があるとされた理由はまったくわからない。というのも、その実体はITとフィリピン経済に関する記事というより、オープンソースへの集中攻撃に近いからだ。


IT化にオープンソースを採用すると政府が決定したことについて、「節約がいつでも尊ばれることに目を付けたのだろうが、競争やチャンスが失われる事態を招く節約には眉をひそめるべきだ」と書かれている。

誤信に満ち、フィリピン経済にとって得はないとオープンソースに烙印を押すも同然の意見だ。明らかにこの記事は、昨年のフィリピン政府のオープンソース採用に対して米Microsoftが発表した声明―私たちOpen Minds Philippinesが決して忘れず、警戒を怠らないあの声明 に沿って書かれている。

全体として、記事はフィリピンのIT路線に関する具体的提案というより、「不安、不確実、嘘(FUD)」の類である。オープンソースがフィリピン経済の成長を妨げている証拠など1つも語っていない。

もちろん、Wilson Ng氏の会社はMetro Cebu(フィリピン第二の大都市)で最大のMicrosoft販売会社であるから、このような記事を書いても驚きはなかった。

では、なぜフィリピン経済がIT化へと走り出さないのか、事実を述べることにしよう。

【事実1】フィリピン経済は、基本的に中小企業経営者を母体としている。経営者の99%が中小企業経営者である。彼らのIT化は進まない。理由は、a)理解不足、b)費用、c)インフラストラクチャ、d)セキュリティだ。(比Digital Philippinesによる中小企業調査より)

【事実2】全人口8,000万人のうち、PCユーザはわずか200万人。

【事実3】IT製品/サービスが高価なため、フィリピン国内ではソフトウェア違法コピーの割合が2001年の61%から2002年には63%に増加した(米BSA(Business Software Alliance)調べ)。Microsoftが、Licencing 6.0とSoftware Assuranceプログラムを値上げしたことも、この動きに部分的に寄与した可能性がある。

ITツールの価格がほとんどの企業にとって高すぎる現状で、フィリピン・ビジネスはどうすれば海外と競争できるだろう。必要なツールが手の届かない価格なのに、eコマースを運用し、顧客や納入業者と効率よく連絡を取り合うためにITを利用できるだろうか。

フィリピン政府にも、こういった経営者たちに社会福祉を提供するために、インフラ整備に予算を計上し、徴税を強化し、財政問題に対処するため削れる支出は削る義務がある。ソフトウェアのライセンス料は、オープンソースツールを採用することで支出を削れる分野の1つだ。節約した分は、公務員の待遇改善に費やすことができる。国軍兵士の待遇をよくすれば、今後は反乱が起こらなくなるかもしれない。教科書を持つ生徒の割合を増やすために使ってもよいだろう。我が国の教育制度で非常に望まれていることだ。

オープンソースは非営利であるという表現は、近視眼的だ。米Sun、米IBM、米HPなど、世界的な大手IT企業がフィリピンに進出し、オープンソースソフトウェアをベースとしたソフトウェア製品を販売している。すでに比QSR、比Q-Linuxなどの少数の国内企業が、オープンソースから利益を得ている。こういった国内企業は、オープンソースソフトウェアの開発と展開に数千ドルを投資し、満足できる成果を上げている。

また、オープンソースはフィリピンの教育向上にも一役買っている。国立フィリピン大学(University of the Philippines)がこの分野をリードしており、Ng氏の会社と同じCebuにある同大ヴィサヤス校では、Linuxを始めとするオープンソース製品への初めての完全な移行が終わった。国の最高学府がオープンソースに移行したことは、オープンソースがフィリピンの未来の頭脳労働者に受け入れられる素地ができたことを意味する。

最大の財産は人材ではないだろうか。教育への投資は、この財産を活用するために不可欠である。

中国と日本は、例として挙げることさえ皮肉だ。両国は、オープンソースの開発と採用を支援している。中国にはRed Flag Linuxがあり、日本では大手電気メーカーが一致団結して自社製品用にLinux組み込みソフトウェアを開発している。これらは、アジアにおけるオープンソース採用の道筋を示すものであり、韓国、台湾、タイもそれほど遅れをとっていない。各国は、オープンソースを利用していても、極めて高い競争力を持っている。Bayanihan Linuxがあるとはいえ、フィリピンの将来を楽観はできない。

そう、確かにインドの企業は、多くの企業からソフトウェア開発を受注して数十億ドルを稼ぎ出しているが、では彼らはオープンソースソフトウェアの開発に熱心ではないのだろうか。Simputerプロジェクトの目標は、ローコストのLinuxコンピュータを低所得層に提供することだ。多数のインド人がオープンソースプロジェクトに精力的に取り組み、LUG(Indian Linux Users Groups)を組織した。電子政府プロジェクトが、Andhra Pradesh、Karnataka、 Tamil Nadu、Kerala、Maharashtraの各地でオープンソース・コンポーネントを利用して進められている。世界的に有名なインドのIT企業Wiproでさえ、Wipro Embedded TCP/IPをLinuxカーネル向けに移植した。少なくともインドは、莫大な売り上げを上げつつも、オープンソースを利用してローコストのコンピューティング・ソリューションを提供することで、自国民を忘れていないことを示している。インドは、オープンソースとクローズソースの両方のソフトウェアを利用する1つの巨大IT組織である。

Open Minds Philippinesは、世界経済におけるフィリピンの競争力を高めるうえでオープンソースソフトウェアが強い武器になると確信する。オープンソースを利用すれば、平凡なフィリピン人がIT化に挑戦する途上で、コストを心配したり、違法コピーソフトの使用に対する法的追求を恐れたりする必要はなくなる。使用するオープンソースソフトウェアが最先端のものであってもコンピュータのハードウェアが最新である必要はなく、IT化を通じて得られる情報は彼らにより多くのチャンスをもたらす。フィリピンの学生は誰もが高水準のコードに接し、いっさいの制約なしにそれを改良することができる。それ自体が非の打ちどころのない実践教育である。

オープンソースは、フィリピンにおけるIT普及の好機だ。

オープンソースは、フィリピンIT企業を海外企業との競争の場へと一気に加速させる。クローズソースの世界とは違って、車輪を自力で発明する必要がないからだ。ライセンスの心配も、特許や知的所有権の心配もいらない。成熟したオープンソースソフトウェアを名高いフィリピンITサービスサポートでラップすれば、フィリピン企業は海外企業といつどこでも真っ向から競える。

オープンソースは、クローズソースソフトウェアに付き物の法的な係争とは無縁でビジネスを展開するチャンスを与えてくれる。

特定のプラットフォームを選ぶことと、中立を守ることの是非をここで論じるつもりはない。選択は個人の自由だ。ただし、オープンソースという選択肢を後押しすることで、高いコストをかけずにビジネスの競争力を増強し、より少ない努力でより大きなことを実行し、節約されたコストをフィリピン人の生活向上に役立て、コンピュータの使い方を指図するただ一社の企業に恩義を感じなくて済む機会は増える。

以上が事実だ。オープンソースは、フィリピン経済にとってプラスである。

Ng氏の記事への最後の言葉として、今やグローバルオープンソースの指標となった『Cathedral and Bazaar(伽藍とバザール)』の著者Eric Raymondの論文を引用する。
「鉄鋼の独占になぞらえるのは誤解を招きやすい。ソフトウェアの独占で富を得るのは、独占者だけである―誰かがもうけ始めると、独占者は自分の金と独占ソフトウェアの支配力を使って打倒する。

米Microsoftがこれを徹底的に実行したため、かつて存在したほとんどのソフトウェア・カテゴリに今は誰も残っていない。パソコン用ワープロソフトのクローズソースベンダを同社以外に「1社」でも挙げられるだろうか。表計算ソフトでもいい。あるいは通信ソフトでも。

あなたの国がクローズソースの道を進んでいるなら、自分のデータに以前のようにアクセスできるどうかかが、別の国にいるプロダクト・マネージャの胸先三寸で決まる可能性がしだいに大きくなる。あなたが必要としているデータフォーマットは、彼らの独占的支配下にある。この決定は、あなたの利害を最優先して行われるのではなく、彼らの支配体制の維持を最優先して行われる。

Microsoftの道を進めば、あなたの会社のIT雇用者とソフトウェアデザイナはMicrosoftの株主をもうけさせるための農場で働く日雇い労働者でしかなくなるだろう―主人に奉仕する限りは最低限の生活が許されるが、自分の土地を持つ(つまり自分の財産を得る)自主性も展望もそこにはない」
Victor G. Seraficaは、フィリピン国内におけるオープンソース利用を支援する企業と組織の連合体Open Minds Philippinesの主催グループの一員。