カリブのフリー/オープンソースソフトウェア事情(前編)

トリニダード・トバゴ共和国、ポートオブスペイン発 — 6月26、27日の2日間にわたり、当地にてカリブ初のフリー/オープンソース・カンファレンスである「Free, Libre and Open Source (FLOS) Software Conference – IT WORKS!」が開催された。これは記念すべき初めての試みである。当地のフリーソフトウェア支持者の中には、トリニダード・トバゴ中央銀行の建物内で厳重な警備の下に開催されたこのカンファレンスを、官僚主義的すぎると非難する人もいる。しかし、それは悪いことなのだろうか。ここでは確かに官僚が力を持っているが、その彼らがフリー/オープンソース・ソフトウェア(FOSS)に耳を傾け始めたのである。

2つの島にまたがる国、トリニダード・トバゴは、石油産業と農業、そして何より観光産業を大きな収入源としている。同国はカリプソカーニバルの国として有名だが、コンピュータ技術に関してはほとんど知られていない。

しかしそのトリニダード・トバゴでも、観光関連のWebサイトのバックエンドを構築したり、石油/ガスの掘削施設や精製施設を運営したりする上でソフトウェアは不可欠であり、国内のソフトウェア業界にはまだまだ発展の余地がある。ITフロントにおいては、同国はほぼ完全に輸入に頼っている(大部分は米企業からの輸入)。これは深刻な外貨流出である。もちろん、頭脳流出については言うまでもない。トリニダード・トバゴの若く才能あるコンピュータ技術者のほとんどが、自分の能力にふさわしい職を求めて続々と国外に出てしまっている。

このカンファレンスの背後にある目的は、外国企業から高価なプロプライエタリソフトウェアライセンスを購入するだけでない、技術力のあるソフトウェア産業を国内で育てるための人材を集めることだった。

このカンファレンスは、ある面においては成功したが、別の面では失敗に終わった。

政府と地元企業に対して、FOSSがいかに有用であるかと、実際に先進国ではFOSSが主流になっているということを理解させたのは成功である。

しかしその一方で、産声を上げたばかりのトリニダード・トバゴLinuxユーザグループ(TTLUG)に国内のハッカーたちを巻き込んで、FOSSの伝道と、現在最も必要とされている国内での技術サポートを担当する強力な組織へと成長させることはできなかった。

政府の関心を引くことに成功

20世紀後半に独立した小国の多くがそうであるように、トリニダード・トバゴでは、政府がビジネス界に強い影響力を持っている。国内には通信事業者が国営企業1社しかなく、同社のインターネット接続価格はアメリカ国内の価格より高く、平均賃金がアメリカの約1/6である一般のトリニダード・トバゴ国民には手の届かない存在である(トリニダード・トバゴ・ドルの価値は米ドルの約1/6)。

石油企業と港も国営であり、その他の国内企業も、アメリカやカナダ、ヨーロッパの企業よりはるかに厳しい規制を受けている。

結局のところ、政府が耳を傾けてくれさえすれば、話は進むということだ。このカンファレンスには政府関係者が多数出席し、熱心にメモを取ったり、スピーカーに多数の質問を投げかけたりしていた。中央銀行のお偉方のために現在のシステムをLinuxとオープンソースに変換する具体的な方法について私的なワークショップを開催したスピーカーもいたし、他機関の首脳数人は、近いうちに同様のワークショップを私的に開くことを明言した。

私は、政府関係者が大半を占める聴衆の前で、デスクトップ上でLinuxを動かす簡単なデモンストレーションを行った。彼らはLinuxが実際に動くところを見たことがなく、Linuxデスクトップの使用がいかに簡単であるかを知って驚きの声を上げていた。

OpenOffice.org には、「本当にこのプログラムが無料? 何も支払う必要はないんですか?」という質問が、実際に動くところを見た各省の予算担当者から寄せられていた。彼らは「コストのかからないソフトウェア開発ツール」という概念にも興味を見せていた。Windows環境では、内部開発に使うソフトウェア開発ツールが予算オーバーの原因になることが何度もあったのだ。

アメリカのプロプライエタリソフトウェアベンダやオペレーティングシステムベンダがよく持ち出してくる「時間と金額のどちらを取るか」という価値命題も、ここでは意味がない。確かに、新しいオープンソースツールの使い方を覚える代わりにプロプライエタリソフトウェアを使い続ければ、数時間のトレーニング時間を節約できるかもしれない。しかし、プロプライエタリなオフィススイートの1ライセンスが1人の従業員の平均月収の何倍もするのであれば、再トレーニングに数週間をかけても損にはならないだろう。

トリニダード・トバゴ政府の内外には、コンピュータに関心を寄せている賢明な人物が数多くいる。そのうちの大部分は、Linux(およびFOSS全般)に触れたことがないだけである。先のカンファレスにより、彼らはその存在を知り、国内でFOSSソリューションを実装できる人々と対面し、名刺交換をする機会を得た。おそらく、彼らはその機会を無駄にしないだろう。なぜなら、どこの政府や企業でもそうであるように、予算が横ばいまたは減少傾向にある中で、IT関連の支出だけが際限なく増えていくのをただ見過ごすわけにはいかないからだ。

国内のハッカーコミュニティの取り込みには失敗

この失敗がだれの責任であるかはよくわからない。最終的にはCaribbean Center for Monetary Studies(CCMS)のChris Clarkeがこのカンファレンスのメイン主催者を務め、準備の大部分をCCMSのスタッフが仕切ったが、当初の予定としては、国内のLUGがもっと大きな役割を果たすはずだった。

カンファレンスの参加費用は1人750トリニダード・トバゴ・ドル(125米ドル)で、大学生は入場無料だった。トリニダード・トバゴの一般的な労働者にとってこれは非常に大きな金額であるため、アメリカのITカンファレンスによくいるような独立系開発者の姿はほとんど見られなかった。Linuxを使った小規模ビジネス(たとえばインターネットカフェなど)の事業主は、おそらく参加する余裕がなかったのだろう。また、個人的にLinuxに興味を持ってはいるが、経営陣がまだFOSSを正式に認めていない企業のシステム管理者なども、入場料を工面できなかったと思われる。これは非常に残念なことだ。なぜなら、通常はこうした人々こそが、FOSSを企業環境に持ち込むきっかけを作るからだ。

問題はそれだけではない。このカンファレンスは、入館時に金属探知機とX線装置による手荷物検査を求められるようなセキュリティの厳しい建物で開催された。警備員は事実上だれでも出入りを認め、X線装置もほとんど使用しなかったようだが、このようなカンファレンスの入口に銃を持った男たちを置いておくというやり方は、いわゆる「オープンソース精神」に反している。

これが偏見であることはわかっているが、私の持論としては、FOSSという運動の中核を担うのは企業の経営陣や政府関係者ではなく、個々の開発者と愛好家でなければならない。

しかし今回のケースでは、国内の開発者や愛好家をカンファレンス組織の中心メンバーとして組織化することができなかったので、やや公的な団体がその任を担うことになった。ある意味では、このカンファレンスを開催できたのは、当初の予定よりはるかに大きな仕事をこなし、Oracle、IBM、Sunといった大手IT企業の後援を取り付けてくれたChris ClarkeとCCMSの関係者のおかげである。

初開催の経験から学んだこと

今回のカンファレンスは第1回の開催だった。何もかもが初めてで、いわば試験的な開催だったのだ。

主催者はこの経験から、カンファレンスの開催計画はかなり前から行わなければならないということを学んだだろう。実際、来年も同様のイベントを開催しようと思うならば、今すぐに計画を始め、さまざまなサポートを手配しなければならない。

もう1つ重要なのは、主に企業の後援に関してだが、実際に開催されるかどうかわからないイベント案よりも、実績のあるイベントの方がスポンサーは獲得しやすいということだ。Clarke自身、大企業の後援を取り付けようとしたときに最も大きな障害になったのは、「これが第1回のイベントである」という事実だったと語っている。

また、公的組織と非公式のLUG系の人々との間に十分な協力関係が築かれていないということも明らかになった。Clarkeをはじめとする背広組は、LUGグループを重用しなかった理由の1つは、それが公認の非営利団体ではなかったからだと述べている。しかし、LUGやオープンソース運動にはこのような性質を持つものが多い。TTLUGに関して言えば、このようなカンファレンスを利用して政府組織と民間組織の協力関係を強め、LUGを全面的に協力させるべきだった。

次の開催時には、もっとうまくいくだろう。今回は、初めての試みで、準備期間が比較的短く、限られた予算と、専従者が数人しかいない状況で開催されたものとしては非常にうまくいったと言える。

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近日掲載の後編では、「Caribbean Free, Libre and Open Source Software Conference」のような比較的小さなカンファレンスが地域全体にいかに大きな影響を与えうるかという点について述べたいと思う。