Mozillaその他の協力を確保したGNOMEのユーザ補助機能サポート向上プログラム

 近年GNOME Foundationは、障害者ユーザによるコンピュータの利用を支援するためのユーザ補助機能に関心を寄せるようになっている。またMozilla FoundationもGNOMEの審議会に参加することで、GNOMEにおけるWebアクセス機能の向上および同プロジェクトの長期戦略に協力し、XUL開発プラットフォームとGNOMEとの統合促進を支援しつつある。しかしながらより重要な出来事は、GNOME Foundation、Mozilla Foundation、Novell、Google、Canonicalの協同出資により、GNOMEにおけるユーザ補助機能の充実化を目的とした50,000ドル相当の援助プログラムが立ち上げられたことであろう。

 もっともある意味これらのアナウンスは、既に何年も前から行われてきた活動を単に後追い的に公式化しただけのものであるという一面も有している。例えばGNOMEには各種バージョンに対応したOrcaスクリーンリーダなどのユーザ補助機能ツールが取り込み済みであるし、同プロジェクト内部でもユーザ補助機能に関するコミュニティが既に活発な活動を展開している。Orcaの主任開発者を務めているのはSunで働くWillie Walker氏であるが、X Window System関連のユーザ補助機能開発に20年間に渡って携わってきた経験を有す同氏は、現状のGNOMEにおけるユーザ補助機能は「それなりのレベルのソリューション」であると評しつつも、Windowsで利用可能なものに比べるとまだまだ改善の余地が残されていることを認めており、現在これらのツール群は急速な発展をしている段階だとしている。

 一方のMozillaもかねてよりフリーソフトウェアにおけるユーザ補助機能の向上を目的とした助成金提供を行っており、具体的な活動としては、Dojo Ajaxツールキットへの2007年度の助成金提供、色覚異常者の目に映る画面を再現するColorblind Simulator機能拡張というプログラマ用パレットの開発協力、GNOMEで使われるAssistive Technology Service Provider Interface(AT-SPI)の改善、Orcaにおける点字出力など各種の機能向上、同プログラムとAT-SPIとの親和性の改善といったものを挙げることができる。

 双方のプロジェクトはその他にも、Firefox 3におけるユーザ補助機能の実装に関して協力をしている。この件についてWalker氏は「Firefox 2でもユーザ補助機能は利用可能ですが、まだまだ改善の余地が残されていました。Firefox 3では、ユーザ補助機能の充実したWebブラウザとして大幅な前進が果たせています。その開発にあたっては、MozillaとGNOMEの双方のユーザ補助機能チームの間で非常に良好な協力態勢を構築できました」と語っている。

 MozillaのオープンソースエバンジェリストであるChristopher Blizzard氏はこれらのアナウンスについて「過去と将来の双方を見据えた措置だと言えるでしょう。この分野は私たちが過去に力を注いできた領域でありますし、GNOME側も改善の必要性を感じていたものなのです」としている。

 またBlizzard氏は、「今回の出来事は、双方の組織が多くの共通する事柄に関心を寄せていることを改めて確認することにもなりました。Mozillaの関心は主として、規格と情報に誰でも自由にアクセスできるオープンWebに向いており、それをプロプライエタリ系のツールやプラットフォームを介さずに実現することにあります。それらはGNOMEも大きな関心を抱いている事柄でもあるため、双方が共通のビジョンを掲げてインターネットにて本来実現されていて然るべきことを目指すという可能性はかなり大きいのではないでしょうか」と補足している。

XULとの統合

 今回の新たなパートナーシップにより約束されている変化の1つが、GNOMEにおけるXULマークアップ言語の統合促進である。こうした変化は、今後のFirefoxにおけるユーザ補助機能の追加作業が簡単化されると同時に、SongbirdメディアプレーヤなどのXULベース型アプリケーションとFirefoxとの親和性が向上することの恩恵をGNOMEユーザ全体が享受できるようになることを意味している。

 Blizzard氏も言及しているように、XUL自体は既に何年も前から利用可能となっているが、広範な使用は最近始まったばかりである。そして同氏は近い将来にXULの普及度が劇的に高まるであろうことを予測しており、それにはXulRunner実行環境の登場が少なからず寄与しているとのことだ。Firefox 3はメジャーなブラウザにおけるバックグラウンドにてXulRunnerが採用された最初のリリースとなる予定だが、FedoraやUbuntuなどのGNOMEベースのディストリビューションにても将来的なXulRunnerの標準インストールが予想されているため、従来は明確に存在していたデスクトップとWebブラウザという境界線が曖昧化していく可能性があり、単なるクロスプラットフォーム対応だけでなくデスクトップおよびブラウザでの両用性をも備えたプログラムが開発可能となることで、リモートアクセスの向上をもたらすかもしれないのである。

 こうした開発活動を促進するであろう要素が、統合化の動きである。ここで言う統合化について、Mozillaのユーザ補助機能における品質保証主任として2007年12月に採用されたMarco Zehe氏は、GNOMEにおけるテーマやネイティブ印刷ダイアログおよびホットキー割り当てを、Firefoxとそこで実行するXULアプリケーションの組み合わせが共有することで、レイアウト的にGNOMEネイティブのアプリケーションとよく似た存在となることを意味すると説明している。しかも同氏によると、こうした開発成果の一部は既にFirefox 3の最新ベータ版にて実装済みとのことである。

成熟期に達しつつあるユーザ補助機能

 プロジェクト間の提携拡大およびXULとの統合化の動向は、それら自身が歓迎すべき出来事である。そしてこうした影響の最大の恩恵を受けることになるのがユーザ補助機能であることは、それほど驚くべき話でもないだろう。

 先に出されたリリースによると同プログラムのアドバイザ陣は今後、ユーザ補助機能に関連して優先的に達成すべきメジャーなタスクおよびバグを特定していくとのことだ。また同プログラムへの参加申し込みは間もなく開始される予定であり、補助金についてのアナウンスは2008年後半に行われるとされている。今回採用された申込者には、提示されたタスクの1つを6カ月以内に完成させることによる6000ドルの報酬ないしは、指定された5つのバグを修正することで1000ドルの報酬が支払われることになる。

 Walker氏もこのプログラムで対処すべきタスクとバグの特定に深く関与しているが、同氏が注意を喚起しているのは、今回のプログラムにてメジャーな問題点のすべてが対処されることはないという点だ。むしろ同プログラムが目指しているのは、最優先の課題を解決しておくことで、将来的に優先度の低い問題に取り組むための土台を整備することだとされている。

 この件に関してメーリングリストにてかなり過熱した論争を経験してきたWalker氏は、「ユーザの抱える障害の種類について優劣というものは存在しません」と慎重に言葉を選びながら語り、「アプリケーションに誰もが等しくアクセスできるようにすることが私どもの理想です。その件について偽りはありませんし、実際に可能だと信じています。しかしながら満足いく結果を達成するには、特定のターゲットに絞り込んだ上で作業を進めなければなりません。仮に手を広げすぎて漫然とした活動となると、すべてが中途半端な成果しか残せなくなるでしょう。この種のテクノロジの改善に取り組む全員が共有できる実装部および機能的なコアを強化することができれば、それはプラットフォーム全体を補強することにつながるはずです」としている。

 Walker氏によると、最優先事項として取り上げられる予定の2つはドキュメントとテストに関連した内容になるはずとのことだ。エンドユーザの観点から見た場合、今回の優先項目の選択は、Evinceドキュメントリーダおよびデスクトップの拡大表示機能を中心に展開されると捉えておけばいいだろう。またアプリケーション開発者にとって今回のドキュメント整備とは、各自のプログラム開発とそのテストにおいてユーザ補助機能を取り込むための要件が提示されることを意味するが、GNOMEのユーザ補助機能コミュニティの一員であると自ら認めるWalker氏が語っているように、これは考慮すべき重要な要素の1つのはずである。「私たちはあらゆるものに依存しています。画面に表示される項目がある以上、そうしたものには誰しも依存しているのです」。同様にリリースマネージャにとってこうした優先順位付けは、新規のGNOMEリリースサイクルに組み込まれるであろうテスト環境の整備を意味する。

 このように特定機能にターゲットを絞り込んだ開発を進める関係上、その他の機能については先送りせざるを得ない。そうしたものに含まれるのは、脳機能ないし視覚的な問題による認知障害や失読症を煩っているユーザの必要とする、テキスト強調、単語ないしフレーズ単位の拡大、ナビゲーション補助、読み上げ補助などのツールである。

 Walker氏は現在、モバイルデバイスでのユーザ補助機能や音声認識など、GNOMEだけに限定されない問題に取り組むことも視野に入れているとのことだ。これらの課題は現行の援助プログラムでは取り上げられていないが、将来的に新たな予算を確保することで対処できるかもしれないというのが、同氏の希望である。

 Walker氏が必要性を訴える事柄に関連したアナウンスは今のところ出されていないが、同氏はユーザ補助機能に注目が集まりだしたこと自体が非常に歓迎すべき動向だとしている。Walker氏はユーザ補助機能に携わってきた過去20年の活動を振り返りつつ、次のように語っていた。「この活動に取り組みだした当初は、ユーザ補助機能として追加できそうな項目を見つけるごとに、その可能な限りの実装を繰り返し訴え続ける必要がありました。それは延々と交渉を続けるということであり、逆に言うと先方の許可する範囲での機能しか実現できなかったことを意味します。つまりこの種の作業ではエンジニアとしてのスキルだけでなく、対人関係的なスキルが多く必要とされていた訳です。さらに他人の開発したコードを読み解いて、何をどうすれば対応できるかを具体的に指し示す必要がありました」

 ところが先にGNOME Foundationから出された一連のアナウンスにも見られるように、昔と今とでは雰囲気が完全に異なっているとのことだ。

 「こうした動きが業界全体に見られるということは、ユーザ補助機能の重要性が広く認識されつつあることの反映なのでしょう」とWalker氏は語る。「こうした認識の広まりはGNOMEコミュニティにおいても過去数年間に浸透してきた現象でありますが、ユーザ補助機能を必要とする人々がいるという過酷な現実が受け止められるようになった訳です。こうした考え方は、もはや常識の一部となったと言えるでしょう。おかげで今では理解を求めて悪戦苦闘するということもなく、相手側もスムースにその必要性を認めてくれるので、より好ましい協力体制下での作業が行えるようになりました」

Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.com、IT Manager’s Journalに定期的に寄稿している。

Linux.com 原文