英国のセミナーがFOSSへの関心を高めるフォーラムへと発展

Mohammad Al-Ubaydli博士が講演を引き受けたのは「行政におけるオープンソース」という今月はじめに行われた議会の職員と地方自治体の代表者を対象にしたセミナーだった。当初、彼はそこで基本的な概念を聴衆に紹介する予定だった。しかし、会場に到着してみると、すでに聴衆の多くがオープンソースの概念を熟知していることに気づいた。結果として、彼は公務に従事する人々に教える代わりに、自分が望んでいた以上のこと−−フリー・オープンソース・ソフトウェア(FOSS)コミュニティ、政治ロビイスト、政府労働党および保守党の党員が協力して英国の行政におけるFOSSの利用を促進するフォーラムの開設支援−−をやってのけた。

セミナーは、英国議員とその職員の事務所や会議設備があるポートカリス・ハウスで12月1日に行われた。スポンサーにはウェストベリー市の保守党議員であるAndrew Murrison博士がついたため、セミナーは行政の関心を幅広く集めた。聴衆には、保守党および労働党議員の雇用者のほか、さまざまな人々がいた。英国の大手広報企業Chelgate社、院外活動を行う組織としてよく知られる英国産業連盟のロンドン地域評議会、技術分野のロビイスト団体Eurim、公共および非営利部門におけるインターネット利用を推進する組織mySociety、FOSSの支援団体であるOpen Forum Europe、先端技術によるネットワーク・ソサイエティであるThe Real Time Club、および英国のUnix User Group)といった諸団体の関係者である。要するに、行政におけるテクノロジーの役割に関心を寄せる数多くの分野を代表する人々だ。

セミナーの演壇に立ったAl-Ubaydli氏は、ケンブリッジで医学博士の学位を取得した医師だ。以前からコンピュータの利用に興味を持っていたAl-Ubaydli氏は、キングズリン市にあるクイーン・エリザベス病院での研修期間中に「自分が持っているコンピュータのスキルは、研究よりもずっと役に立つ」と確信するに至った。2000年に卒業した後、Al-Ubaydli氏はケンブリッジの医学生のために携帯型コンピュータ用ソフトウェアを開発し、『医師のための携帯型コンピュータ』を執筆している。

2003年、Al-Ubaydli氏は米国の国立医学図書館の客員研究員になった。そこで、彼のコンピュータに対する興味を助長したのはワシントン地域におけるFOSSコミュニティの活動メンバー、John Knight氏だった。この興味の結果として執筆された本の1つが『多忙な人々のためのフリーソフトウェア』であり、この本はCory Doctrow氏やEric S. Raymond氏に絶賛され、スペイン語、メキシコ語、中国語に翻訳されている。

さらにAl-Ubaydli氏は、医療における知的財産権の問題を扱うMedical Futures社、それに医療分野の電子テキストブックを無料で提供する非営利団体Medical Approachesの共同創立者でもある。彼は現在メリーランド州ベテスダ市にある米国立バイオテクノロジー情報センターに勤務している。

Al-Ubaydli氏は、行政について十分な理解がない状態で、むしろ1人の市民として「行政のためのオープンソース・ソフトウェア」について講演したのだと強調する。

プレゼンテーション

Al-Ubaydli氏のプレゼンテーション資料は現在オンラインで参照できる。内容の多くはFOSSコミュニティのメンバーにはおなじみのものだ。そこには、オープンソースの定義およびオープンソースにまつわる真相の暴露に始まり、インターネットを利用していれば、気づかないうちにFOSSを使っているのだという指摘などが含まれている。

あまりなじみがないかもしれないのは、Al-Ubaydli氏が示した実例と彼が最後に掲げた要求だ。これらはいずれも入念に選ばれたもので、政策の立案者や政策に影響力を持つ人々に対して、場合によっては愛国心と同じくらいに訴求力のある内容だった。

Al-Ubaydli氏が提示した実例の1つは、2005年のはじめに起きた東南アジアの津波への対処だった。Al-Ubaydli氏によると、スリランカでの救援活動の組織化に使用したソフトウェアは、IBMの支援を受けたオープンソース・プロジェクトとして開発されたもので、今では国連で幅広く利用されているという。同様に、パキスタンで地震の被害にあった人々を支援する最初の慈善活動でも、コストと信頼性の両面からオープンソースのソフトウェアが使われた。「こうした開発成果の利益は我々の社会に還元される。その役割を担っているのが非政府組織だ」とAl-Ubaydli氏は述べている。

さらに、Al-Ubaydli氏は、スカイプのようなアプリケーションではセキュリティが本当に保護されているのかどうかがユーザにわからないのに対し、FOSSは透過的(ソフトウェアが想定される動作だけを行い、それ以外に何もしなかったことをユーザが確認できること)であると強調している。

プレゼンテーションにおいてその後この話題に再び触れたAl-Ubaydli氏は、透過性の問題をより詳しく取りあげるためにHelen Wilkinsonさんの事件に言及した。この事件については2005年6月に英国議会で議論されている。Al-Ubaydli氏によると、官僚および行政当局での勤務経験にも関わらず、Wilkinsonさんは医療健康記録上で自分がアルコール依存症として扱われた誤りを正すことができなかったという。

Wilkinsonさんの問題を引き起こした医療健康記録の新しいシステムは、独占的ソフトウェアを使って構築されていた。代わりにオープンソース・ソフトウェアが使われていたとしたら、国民保健サービスはきちんとこの問題を発見して対処できたかもしれないとAl-Ubaydli氏は示唆している。だが実際には、数ヶ月にわたる取り組みの後、Wilkinsonさんは国民保健サービスとの争いから身を引いている。

オープンソースが提供できる透過性がなければ、近い将来「行政に対する反発が起こるだろう」とAl-Ubaydli氏は予測している。さらに彼は「これは、英国が世界に先駆けて行った電子医療記録に対する莫大で価値のある投資が、システムの信頼性不足が原因で失敗に終わることを意味している。患者はWilkinsonさんが行ったように記録の抹消を要求するだろう」と述べている。言い換えれば、FOSSの透過性によって、英国の主要な公共機関に対する国民からの信用の失墜−−現在の労働党政府が積極的に取り組んでいる問題−−を回避できるかもしれない。セミナー後にAl-Ubaydli氏が述べたように、この問題は確かに聴衆にとって特に興味深いものだったようだ。

Al-Ubaydli氏が指摘したとおり、英国はFOSSへの適応の点でヨーロッパの多くの国々にかなりの遅れをとっている。Al-Ubaydli氏によると、FOSSを利用している地方自治体の比率は、フランスの71%、ドイツの68%、オランダの58%に対し、英国では32%に過ぎないという。

最後に、Al-Ubaydli氏は聴衆に3つの要請を行った。彼が何よりも求めたのは、ソフトウェア特許を支持することでFOSSの普及を妨げないでほしいということだった。さらに、行政によるソフトウェア購入に際しては競争を奨励して、Microsoftのような独占的な企業との排他的取引を防止するように求めた。最後に、納税者の立場から、費用を節約すると共に公共サービスの質を高めるためにFOSSを採用してほしいと求めた。彼が話した内容の多くと同じく、こうした最終的な実施要請は、FOSSコミュニティに共通する考えを聴衆の心に訴えかける言葉にのせて語られた。

ディスカッション

プレゼンテーション後のディスカッションは、Chelgate社のITスペシャリストであるNick Wood-Dow氏を議長として進められた。非常に多岐に渡る内容が議題として挙げられた。しかし、ほとんどは公共の業務におけるFOSSの利用をどのように奨励するかという問題−−聴衆の一部は、避けて通れないと考えていたに違いない風潮−−を少なくとも間接的に扱ったものだった。

社会的な問題のソリューションの一環としてFOSSの利用を提唱する『ワイドオープン』の共著者であるOmar Salem氏は、「オープンソース・ソフトウェアに対する政策は、取り組まなければならない問題の1つだ。OSSコミュニティは、なぜOSSが優れているのかを政治家および一般の人々に説明するための明確で説得力のある方法を考える必要がある」と意見を述べた。

もう1人のディスカッション参加者であるOpen Forum EuropeのBasil Cousins氏もこの意見に賛同し、「概して関心や知識のない人々とコミュニケーションをとる方法を我々は緊急に考え出す必要がある」と述べた。

Salem氏によると、一般的な感覚では、教育の過程が最も難しい段階になるだろうという。彼の話では「OSSに関心があると言えるほどの議員は10人しかいないということを彼らはわかっていない」と語った聴衆もいたという。

Cousins氏はこの点について、議論は認知度を向上させるための現実的な方法に移ったと述べている。英国Unix User GroupのLeslie Fletcher氏は、FOSSの教育について問題を提起した。Cousins氏自身は、副首相府の資金援助を受けているOpen Source Academyが現在オープンソースの認定プログラムを開発していることに触れた。

他の参加者は、FOSSコミュニティが議会に働きかける方法について議論を行った。Cousins氏によると、Andrew Murrison氏が「公式の第三者審査」、または議員が国民と共にFOSSソリューション全般や教育および健康の特定の議題について話し合う、議会のオープンフォーラムを提案しているという。

このセミナーの終わりに、参加者たちは、2006年2月3日の期限までに憲法省による『公共サービスの改革』という討議資料に対する意見をまとめるようにとの政府の要請に団体として応えることに同意した。この資料の目的には「より良い公共サービスを提供すること」や「行政に対する一般国民の信用を向上させること」が含まれていることから、FOSSの認知度を高めるための理想的な媒体だといえる。Al-Ubaydli氏が次にロンドンを訪れる1月下旬には、この団体による会合が開かれる予定だ。

こうして、今回のセミナー参加者たちは、参加者どうしの相違点ではなく共通の関心事項について議論するためにただ集まることによって、英国におけるFOSSをめぐる動きに重要な貢献をしたのである。

Bruce Byfield氏は研修の企画および指導に携わるほか、NewsForgeに定期的に記事を寄稿するコンピュータ・ジャーナリストでもある。

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